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2021.04.16

【今日の一枚】フェリックス・ゴンザレス=トレス『無題 (今日のアメリカ)』

今日の一枚

この作品はアメリカの芸術家フェリックス・ゴンザレス=トレスによって制作された『無題(今日のアメリカ)』です。既製品の飴玉が積みあげられているだけの作品なのですが、何でもありの現代美術の中でも、とりわけユニークな表現として知られています。本記事では本作にどのような意図があったのかを簡単に解説していきます。

 

フェリックス・ゴンザレス=トレス『無題 (今日のアメリカ)』1990

カラフルな包装紙に包まれた飴玉が山のように積まれている

『無題(今日のアメリカ)』

『無題(今日のアメリカ)』は、フェリックス・ゴンザレス=トレスの作品の中でも、最も感性に訴える作品です。

本作はアメリカの国旗の色と同じ色の包装紙に包まれた飴玉が山のように積まれており、鑑賞者はその飴を持ち去ることが可能で、さらに飴は実際に食べることもできます。積まれた飴が少なくなれば、美術館の職員が新たな飴を補充していきます。

飴玉を拾い、低くなった飴玉の山に職員が新たな飴を補充するという一連の流れには、鑑賞者がただ眺めるだけでなく、作品の一部として参加するという意味があり、これこそゴンザレス=トレスが本作で行った表現なのです。現在も本作がさまざまな美術館やギャラリーで展示されていることから分かるように、飴の積み方などはさほど問題ではなく、この一連の行為にこそゴンザレス=トレスが探求したものがあると考えられます。

本作で積まれた飴はゴンザレス=トレスにとって「分かち合いの精神を持っている子ども時代の象徴」であり、アメリカの国旗と同じ色で包まれた飴を持ち去ることができることは「今(1990年頃)のアメリカには分かち合いの精神があるのか」を問いかけているように感じられます。というのも、ゴンザレス=トレスは同性愛者であり、社会の無理解によって差別を受けていました。「分かち合いの精神があるのか」とは、彼自身が身をもって感じた疑問であり、視覚、触覚、味覚を通して鑑賞者に伝えられるのです。

また本作で積まれている飴は、ゴンザレス=トレスが作っているわけではなく、いわゆる既製品を用いていることも留意すべき点です。

「既製品が芸術と呼べるのか」と言ったことはしばしば芸術史の中では大きな議題となっていますが、その代表的な作品といえばマルセル・デュシャンの「泉」、アンディー・ウォーホルの「ブリロボックス」でしょう。

マルセル・デュシャン「泉」1919
アンディ・ウォーホル「ブリロボックス」1969

デュシャンは既製品の小便器にR.Muttと記しただけの「モノ」を「泉」と名付け、ウォーホルは『ブリロ』というアメリカの食器洗いパッドの外装を本物そっくりに木の板で製作し、それを「ブリロボックス」というアート作品として発表しました。これらは芸術そのものに対しての反抗であり、皮肉でした。これらの作品は美術のあり方に対しての明らかな衝突です。

一方でゴンザレス=トレスの作品から想起される問題提起は物腰が柔らかく、鑑賞者が飴を手に取るようにそっと鑑賞者に投げかけるような表現となっています。彼は既製品を用いるという解釈を推し進め、既製品を作品としたこと以上に鑑賞者が作品に参加する行為全体に焦点が当てられています。そのためゴンザレス=トレスの作品は「既製品が芸術と呼べるのか否か」という二元論をではなく、鑑賞者それぞれのものの見方が尊重されているのです。

ゴンザレス=トレスの最大の関心は「自身の作品をみた人がどのように反応を示すか」であり、本作に現れる既製品も、鑑賞者が飴を受け取る行為も、二度と同じように積まれることのない飴も全ては彼の子どものような好奇心から生まれた「人によって異なるアートの解釈」の探求なのです。

フェリックス・ゴンザレス=トレスとは

フェリックス・ゴンザレス=トレス ポートレート 出典:WikiArt.org

フェリックス・ゴンザレス=トレス1957-96)はキューバ生まれのアメリカの芸術家。彼はミニマルアートやコンセプチュアルアートの正当な後継者であり、本記事で取り上げたように鑑賞者に疑問や気づきを与える作品を多く制作しています。また上記のとおり同性愛者だったため、作品の中には同性愛やエイズの体験などの視点が反映されています。ゴンザレス=トレスの作品は観る人によって感じ方が異なるものであり、観る人が思い思いの鑑賞をすることを可能にしています。

1957年にキューバで生まれたゴンザレス=トレスは、14歳で妹と共にマドリード(スペイン)の孤児院に預けられるなど、幼少期から青年期にかけて不遇な時代を過ごしています。しかし1976年に親戚を頼ってプエルトリコへ渡ると、プエルトリコ大学で美術を学ぶなどアートシーンに積極的に参加し、次第に芸術の世界へとのめり込んでいきました。その後ニューヨークに移住すると、1983年にはニューヨーク大学の国際写真センターでMFAを取得するなど意欲的に芸術を学びます。1987年に政治や性をテーマに掲げるアート・ユニット、グループ・マテリアルでの活動に参加。これが芸術家ゴンザレス=トレスにとって最初のキャリアとなりました。その数年後には個展、ニューヨーク大学やカリフォルニア芸術大学で教鞭をとるなど幅広く活動を展開。1995年にはニューヨークのグッゲンハイム美術館で大型の回顧展を成功させるなど芸術家として注目を集めていた最中でしたが、その一年後の1996年、エイズにより38才で短い人生に幕を閉じました。

ゴンザレス=トレスの死後も彼の残したユニークな作品は世界中に広まり続け、死後にも関わらず2007年の第52回ヴェネツィア・ビエンナーレでアメリカ代表を務めるなど、輝かしい功績を残しました。そのため現在でも世界中の美術館、ギャラリーでも彼の作品は多くの場所で観ることができ、世界で注目を集める芸術家であり続けています。

死後20年以上が経過しても各国で頻繁に作品展示が行われるのは、彼の作品がユーモラスであり続け、また彼の投げかけた問いが今なお問題としてあり続けるからでしょう。彼の生涯のテーマとしてあり続けたジェンダーの問題で言えば、現在では同性婚が認められるなどLGBTに対して寛容な法を敷く場も増えてきましたが、世界全体で見ればまだ解決すべき問題は溢れています。ゴンザレス=トレスが作品から問いかけた分かち合いの精神、ウイルスの拡散、物事のうつろいやすさや不平等などの比喩は、おそらく今の社会にも重要な問いを投げかけてくれるのだと思います。

本日解説させていただいた『無題(今日のアメリカ)』の他にも『無題(二重肖像画)』1991 オルブライト=ノックス美術館、『無題(偽薬)』1991 MoMA、『無題 水』1995 などの作品も彼の残した代表作として広く知られているのでよかったら検索していただけると幸いです。

 

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