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2020.09.10

【芸術本紹介】現代の必修科目「13歳からのアート思考」

【芸術本紹介】現代の必修科目「13歳からのアート思考」

「13歳からのアート思考」末永幸歩

こんにちは、編集部の畑山と申します。突然ですが、こちらの本をご存知ですか。これは美術教師である末永幸歩さんが執筆した、今最も話題になっている美術本です。

もうこの本によってアートを学ぶことが現代の社会人の必須科目になったことが証明されました。そして何よりも「アートを見たら作者の用意した答えを見つけないといけない!」というレッテルを取り払ってくれる今までにはない本です。それだけでも買う価値ありの一冊です。

この本によれば、現代はVUCAと呼ばれる時代になるんですが、このブーカとは、Volatility(変動性・不安定さ)、Uncertainty(不確実性・不確定さ)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性・不明確さ)という4つのキーワードの頭文字から取った言葉です。

つまり「複雑なのに安定感も確実性もなくて曖昧」というこれまでの常識やセオリーでは生きていけない、そういう時代の中に我々がいると。じゃあどうすればいいのか? 末永さんは、まさにここで作者の用意した答え”ではなく自分の答えを導き出す「アート思考」こそが最重要と断言しています。

この本は、曖昧を極めた今の時代に自分だけの答えを見つける力を、アートを通じて養っていこうという形で数点(マティス、ピカソ、カンディンスキー、ポロック、デュシャン、ウォーホル)の作品を深掘りしていく構造になっています。

この本は芸術に関心がある方はもちろん芸術に馴染みのない方にとっても読み応えのある内容です。タイトルに「13歳からの」という言葉があるように難しい用語はできる限り省いて誰もが芸術に親しみを持てるような創意工夫が散りばめられています。それなりに厚みはありますが一瞬で読み終わります。この方の授業なら無限に聞いていられると思ったくらいです。読まれた方の多くは「この人の話をもっと聞きたい」と感じたのではないでしょうか。

ただ、アート思考を実際に活用してみたらどうなるのか、ピンと来ない方も多いんじゃ無いかと思います。私も果たして他の人の考えとどれくらい違うのか?気になっています。なので、実験として「他の人と自分のアート思考がどれくらい違うのか確認してみた」をやってみたいと思います。

今回の実験に使わせていただきた作品がクレーの「セネシオ」です。

クレーの「セネシオ」でアート思考を実践

パウル・クレー「セネシオ」1922年 縦40.5cm横38cm

この実験で行った手順が

①作品を見るテーマを決めて、作品をしばらく(30秒程)見る。

②次にヒントや問題を一つか二つ出して自分の見方を具体化していく。

③そしてそのヒントを得て、私ともう一人モニターの方がどのように作品を見たかお伝えしてく

という流れです。

モニターは編集部の先輩に協力をいただきました。私と同じ美術畑の人ですが、年齢や知識の範囲の違いでどれだけ変わるかをしていただいてそれをアート思考の参考にしていただければと思います。

今回のテーマは「絵から生まれる音楽」としました。

ヒント①この作品はこの肖像は「老人になりゆく男の頭」とも呼ばれている

ヒント②セネシオはラテン語でキク科の植物の花。華やかなオレンジ色で時間が経つほどに真っ赤に変色する

この記事を読んでいただいている方もこの作品を見て自分だけの見方を見つけてみてください。

個人的な見解をお話しする前にクレーとはどんな人物なのかについて簡単に説明します。

パウル・クレー

パウル・クレー(スイス)は1879年ベルンで音楽家一家に生まれました。少年時代にヴァイオリンと詩に夢中になりましたが19歳の時にドイツにいってからは画家を志すようになります。音楽に親しんできたクレーはそれを芸術で表現しようと試みました。彼が制作をしていた時代は様々な芸術の形が湧き上がってきた時代です。彼はそのどの流派にも属さずに独自の作風を探求し続けた人物です。

 

 

 畑山の見解

この作品でまず飛び込んできたのは色です。中でもオレンジには一際目を惹かれました。

セネシオとはオレンジから赤に色を変える花のようですがそれを連想させるようにオレンジ色の下地には赤が塗られています。その色からクレーはこの作品にセネシオという題をつけたのかなと考えました。

線はかなり簡略化されていて幾何学的な形のパッチワークのように色が区切られているのがわかります。

それにしても僕は老いていく老人っていうのはちょっと想像が及ばない。でも表情はあるように感じました。中心を分割してみるとその表情がよく見えてきます。

左半分は真っ直ぐこちらを見ているような強い印象を感じますが一方で右半分は焦点が合わず少し虚な表情で弱々しい印象です。

人間が対照的な表情を持っているようにクレーはその複雑な人間の本質みたいなものを簡略的な線から描きたかったのかなと感じました。

クレーの作品は詩と音楽に例えられる事が多いです。クレー自身がそれをアートの中に探求し続けたからです。私はこの作品にある音楽性を色や形の移ろいという点から捉えました。

暖色系で同系色の色彩が大部分を占めていてそれを一つ一つ目で追っていくとまるで色が変化したかのようにみる事ができます。またさきほどお伝えした右と左で違う表情も移ろいと捉える事ができます。この作品のタイトルは色が変わっていく菊の花です。クレーがこの移ろいに音楽性を意識していたのかは不明ですが個人的には聞いているうちに徐々に様子を変えていく起伏のある一曲みたいにこの作品を感じられました。

 

編集部の先輩の見解

パウル・クレーは「音楽を絵画で表現した画家」なんて呼ばれていますが、それは彼に音楽家としての素養が少なからず備わっていたからなんですよね。つまりクレーは“音楽を知る人”だったわけで、そういう人間が表現した作品の一つが、この「セネシオ」ということになります。自分には音楽の素養がびっくりするほどないので、作者の正解を探すのは限りなく不可能と言えます。今回はアート思考で自分の回答を探すという体の良い言い訳がありますが、要は自分の回答しか見つけられないだろうということです。だからってクレーじゃなければ作者の答えが見つかる自信があるわけでもないですが。

作品自体は、等身大の人間がフワッとした暖色系カラーの中に佇んでいるだけの、シンプルな構成です。この没個性的な人間は、普遍的な存在を示しているように受け取れますが、口も耳もなく、目だけが異様に大きく描かれています。誰を思い浮かべてもいいんでしょうが、会話できない相手ってことを考えると、ある程度限定されるんじゃないでしょうか。研究者や評論家の見解として子どもとか老人って意見が多いのも、なんとなく納得できますよね。どちらも、じーっと見つめ合う時間が長くなりますから。

いずれにしても、見つめ合っている時間が長いと、沈黙の時間が流れますよね。“沈黙の音楽”、なんだか禅問答みたいですが、それがこの作品の表現した音楽ではないでしょうか。個人的には、余韻がたくさん入る音楽が、沈黙を引き立てるように感じます。会話が無くて静かな状況をしっかり示してくれますから。余韻を残すには打楽器の方が適していますが、作品の暖色系カラーや素朴な描写を想定すると、アフリカ系の楽器の方が向いているでしょう。ちょうどクレーもチュニジアの滞在経験もあるので、面白いかもしれません。

 

この記事では絶対的な見方がこうということを示しているわけではありません。基本的に歴史的な背景を抜きにして直感的に感じたものが見解となっています。そのため芸術家が作品の中に用意した答えとはきっと全く違ったものもあるかと思います。どちらかというと私たちの見解が自分なりの見方を発見してアートを通して思考を高めることの助けになれば幸いです。

そして何より「13歳からのアート思考」は芸術が今までの何倍も身近になる良書ですので是非とも一読をお勧めします。