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2025.09.29

パリ私邸で発見、知られざるルーベンス作品に真作判定

『ルーベンスとイザベラ・ブラントの肖像』(1609年 – 1610年) アルテ・ピナコテーク(ミュンヘン)

バロック期フランドル派の巨匠、ピーテル・パウル・ルーベンス(1577–1640)による十字架上のキリストの絵画が、パリ6区の私邸で発見され、専門家により真作と認定されました。作品は11月にオークションへ出品されます。

この絵は1613年制作とされ、昨年9月、邸宅売却の準備中にオークション会社代表ジャン=ピエール・オゼナによって見つかりました。オゼナは「プロテスタントからカトリックへ改宗したルーベンスが好んだテーマであり、才能の絶頂期に描かれた極めて稀な発見」とコメントしています。

真贋鑑定を担当したのはドイツの美術史家ニルス・ビュットナー氏で、X線診断や顔料分析を通して真作と断定。同作はルーベンスの総作品目録に追補収録される見込みです。ビュットナー氏は、ベルギー・アントワープでルーベンス研究を主導するセントルム・ルーベニアナムの会長を務めています。

今回の作品は教会ではなく個人コレクターのために描かれたとされ、邸宅は19世紀フランスの画家ウィリアム=アドルフ・ブグローが所有していた可能性が報じられています。絵画は1130日、パリ近郊フォンテーヌブローで競売にかけられる予定ですが、落札予想額は公開されていません。

 作品解説

今回発見されたルーベンスの真作

 

作品に注目しましょう。いわゆる“キリストの磔図”です。制作年は1613年とのことですが、この時期はルーベンスにとってまさに画家として隆盛期にありました。故郷のアントワープ(旧フランドル、現在のベルギー)に戻り、スペイン領ネーデルラント君主のオーストリア大公アルブレヒト7世と大公妃でスペイン王女のイサベルの宮廷画家として庇護を受けながら、自宅に併設した工房で次々と傑作を誕生させていました。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いというところでしょうか。

今回発見された“キリストの磔図”は、そんな時期に生み出された作品ということになります。興味深いのは、同時期に『キリスト昇架』(1610-1611年)『キリスト降架』(1611-1614年)という生涯の傑作を手掛けており、加えていずれもキリストの磔(はりつけ)図をテーマとしています。

『キリスト昇架』(1610年 – 1611年) 聖母マリア大聖堂(アントウェルペン)

 

本来、磔図は誰が対象であるかに関わらず、刑に処されている人物は、肉体が痩せ細ったり顔に死と直面したような表情を浮かべるものですが、『キリスト昇架』『キリスト降架』に描かれているキリストは、顔色こそ青白いものの、全体に筋肉粒々としています。とても死に直面しているようには見えません。

一方、今回発見された『十字架上のキリスト』は、手足が痩せ、肋骨も浮き立ち、顔も老人のように生気を失っているなど、いかにも伝統的な磔図と言えます。

同時期に同じモチーフでこれほど振り幅のある作品がほぼ同時進行で進んでいたことは、普通ではないと思われるでしょう。しかし当時の絵画事情を鑑みると、決して不思議なことでもないのです。

『キリスト降架』(1611年 – 1614年) 聖母マリア大聖堂(アントウェルペン)

 

我々が率直に画家を思い浮かべる時、アトリエにひとり籠ってキャンバスに向かう様を想像します。しかし16世紀の売れっ子画家たちの多くは、工房を構えて多数の弟子を雇い、イーゼルでは支えきれないほどの巨大なキャンバスで絵を制作していました。それが宮廷画家ともなれば、その規模は計り知れません。サイト『Rubens experts』によれば、当時工房には20名の弟子が所属し、複数の大型作品を同時進行することが可能でした。ルーベンンス自身が直接筆を入れる箇所は顔など重要な部分に限定されていたと考えられています。

おそらく『十字架上のキリスト』と大作『キリスト昇架』『キリスト降架』の描写が異なるのも、ルーベンス工房の規模の大きさ故のことなのかもしれません。

この作品が発見されたことは、ルーベンスと彼の工房の研究について大きな収穫となるでしょう。とくにルーベンスの弟子にはヴァン・ダイクやヨールダンス、スナイデルスなど、後に巨匠として名を遺す画家たちがいました。1613年の時点で大きな仕事を任されていたのはスナイデルスくらいですが、彼らがどのように関わっていたかなども明らかになるかもしれません。