2025.12.11
ベルギーの芸術家パトリック・ジェロラ邸を訪ねて
12月某日。アートギャラリーや老舗の店が立ち並ぶ神楽坂の商店街を抜け、静かな住宅街へ入ると、一軒の家が現れる。ここがベルギー出身のアーティスト、パトリック・ジェロラ邸だ。

玄関先でひときわ目を引くのは、白い軽トラックの荷台に固定された高さ約2メートルの小便小僧の彫刻作品である。鮮やかな色彩をまとったこの作品は、コロナ禍でイベントが中止となった時期に「街にアートを届ける」ため、移動美術館として全国を巡った経緯を持つ。今ではアトリエの象徴として来訪者を迎えている。
出迎えてくれたパトリック氏は、日本の着物を軽やかに纏い、優しい笑顔を浮かべていた。玄関を開けた途端、壁面から天井まで大小の作品が溢れ、家全体が美術館そのものの趣を放っている。

パトリック氏が初めて日本の地を踏んだのは1983年8月。以来42年の歳月が流れた。当初は舞台美術の職人として活動しながら、日本各地を巡る生活を送っていた。いつしかギャラリーとの縁が生まれるようになり、個展を開催。その経験を機に、それまで築いてきたものをすべて手放し、アーティストとして生きる道へ大きく舵を切った。
パートナーで歌手のトモミ氏とともに、日本とベルギーの二拠点を行き来しながら、世界各国で表現の場を広げてきた。二人三脚で手がけるイベントや公演は、単なる展覧会にとどまらず、音楽やパフォーマンス、人々の交流が自然に生まれる「場づくり」として構想されている。
静岡・沼津でのベルギーフェスティバルでは、ベルギー大使館の後援を受け、会期中で2万人を超える来場者を集めた。作品展示のみならず、企画・キュレーションからプロデュースまで一手に担い、アート、音楽、食、観光を融合させた総合フェスティバルとして地域に新たな賑わいを生み出した。こうした姿は、もはや一人のアーティストの域を超え、「アートプロデューサー」と呼ぶにふさわしい。

軽トラックの小便小僧も、コロナ禍という制約の中で、「人が集まれないなら、アートが街へ出ていけばいい」という逆転の発想から生まれた作品だ。アトリエ前に鎮座するその姿は、困難な状況を跳ね返した創造力の象徴であり、「アートは止まらない」という氏の信念の体現でもある。
2027年には、日本とベルギーの友好160周年を迎える。パトリック氏はすでに、この記念年に向けて4つの大型企画を準備中だ。展覧会やフェスティバルの枠を越え、歴史や文化、人と人とを結ぶプロジェクトとして構想されており、日本とベルギー双方で展開される予定である。
神楽坂の一軒家から世界へ――。家中を埋め尽くす作品、玄関先の「移動美術館」、そしてパートナーとの協働。これらすべてが2027年に向けて大きな流れとなり、両国のあいだに新たな物語を描き出そうとしている。

(文責:安広洋司 JEPAA理事)