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2026.02.08

【今日の一枚】 ジャコポ・バッサーノ 『聖ヴァレンティヌス、聖ルキラに洗礼を授ける』【悲劇の聖人、聖ヴァレンタインについて考える】

もうすぐ2月14日──バレンタインデーです。チョコレートやカードが行き交うこの日には、古くから「愛の守護聖人」とされる聖ヴァレンティヌス(Saint Valentine)の名前が付きまといます。しかし、その人物像や絵画における存在感は、多くの人が想像するよりずっと複雑でひっそりしています。今回は、そんな聖ヴァレンティヌスをモチーフにした絵画の中でも、とりわけ注目すべき一枚をご紹介します。


絵画の説明

《Saint Valentine Baptizing Saint Lucilla》
(聖ヴァレンティヌス、聖ルキラに洗礼を授ける)

  • 作者ヤコポ・バッサーノ(Jacopo Bassano、1510〜1592)

  • 制作年代:16世紀後半(およそ1575年頃)

  • 技法:油彩、キャンバス

  • 大きさ:高さ約181cm × 幅約126cm(油彩画)

  • 所蔵:イタリア、バッサーノ・デル・グラッパ(Bassano del Grappa)

ヤコポ・バッサーノ

この絵は、ルネサンス後期のヴェネツィア派を代表する画家ヤコポ・バッサーノによる宗教画です。単に聖人を描いたものにとどまらず、聖ヴァレンティヌスが盲目の聖ルキラに洗礼を授け、奇跡を起こす場面が活き活きと表現されています。祭壇画として制作されたとみられ、人物の表情や光の配置には、当時の宗教画ならではの敬虔さとドラマ性が込められています。

バッサーノはイタリア北東部の名門画家で、自然観察と色彩表現に優れた作品を数多く残しました。《Saint Valentine Baptizing Saint Lucilla》もその例に漏れず、宗教的主題を文学的・視覚的に魅せる力があります。


“悲劇の聖人”バレンタイン

では、この作品の主人公である聖ヴァレンティヌスとはどんな人物だったのでしょうか。

聖バレンタインは、3世紀頃のローマ帝国で殉教したキリスト教の聖人とされます。伝承では、ローマの迫害を逃れるため、兵士たちの結婚を秘密裏にとりおこなったり、捕らえられた際に裁判官の盲目の娘を癒したとされ、処刑された日である2月14日が記念日として定着しました。こうした逸話がのちに恋愛や結婚の守護聖人像へと結びつき、現代のバレンタインデーの背景とされますが、史実として完全に確立されたものではありません。聖書など正確な記録が残っているわけではなく、伝説や後世の伝承が入り混じっているのが実情です。

一方で、後世の祈祷書や聖人伝には、聖バレンタインが多くの奇跡や結婚の祝福に関わったと記されることがあり、「愛の守護者」というイメージが後世に膨らんでいった背景があります。しかし、美術作品として取り上げられる例は意外に少なく、聖バレンタインをテーマにした「決定的に有名な絵画」は多くはありません。それは、この聖人が古代から中世を通じて一貫したアイコンが欠けていたことや、他の殉教者に比べて宗教美術における需要が高まりにくかったことが理由として挙げられます。

そのような中で、バッサーノがこのテーマを大画面の宗教画として描いたことには、当時の宗教観と絵画表現の両方を見るうえで重要な意味があります。


まとめ

今回取りあげた《Saint Valentine Baptizing Saint Lucilla》は、16世紀の巨匠ヤコポ・バッサーノによる宗教画であり、聖バレンタインの姿を描いた数少ない本格的な作品として、今日でも評価されるべき一枚です。聖人としての彼が持つ歴史的背景は決して華やかではありませんが、「愛」と「信仰」が交錯する物語を、絵画として真摯に表現した点がこの作品の魅力です。

バレンタインデーを迎える今、カードや贈り物といった表層の文化だけでなく、こうしたルーツにある絵画や聖人伝にも目を向けてみると、また違った深みが感じられるのではないでしょうか。