2023.12.09
今日の一枚 クロード・モネ『ヴェンティミーリアの眺め』【上野の森美術館で公開中】
上野の森美術館で7年ぶりにクロード・モネの展覧会『モネ 連作の情景』が開催されています。連作に焦点を当てた展覧会ということで、これまでの企画展とは一線を画すものとなっています。
ところで本展のポスターとして大々的に紹介されている作品『ヴェンティミーリアの眺め』、どれくらいの方がタイトルをご存知だったでしょうか?
日本での知名度は今ひとつなものの、この南フランスの風景画には、モネの画家としての転機が反映されています。
モネと1880年代、巨匠が陥った苦境
まずモネという画家について改めてご紹介しておきましょう。 クロード・モネ(Claude Monet, 1840年11月14日 – 1926年12月5日)はフランスを代表する画家。芸術運動『印象派』の中心的メンバーとして活躍しました。 代表作に『睡蓮』『積みわら』『ポプラ並木』など。 しかし本作が描かれる5年前(1880年前後)、モネは経済的に苦しむ時期にありました。画商のデュラン=リュエルが経済不況の影響を受け、彼と専属的な契約を結んでいたモネと印象派の画家たちの絵への注文が減少します。一方でモネは友人の画商エルンスト・オシュデの妻アリスとこっそり男女の関係になってしまい、生まれた6人の子供を含む扶養家族を抱えてしまったのです。 そんな状況下で、同じく印象派のオーギュスト・ルノワールは、苦境を打破すべくサロン・ド・パリ(官展)への出品に乗り出し、成功を収めていました。モネもそれに倣ってサロンに再び出品したものの、1880年に出品した作品はかろうじて入選するに留まります。モネとルノワールは印象派の発足以前から共に制作活動を行なってきた盟友でしたが、ここで両者はすっかり明暗分かれてしまったわけです。 モネはその後、印象派のグループからも一時的に離れ、サロンへの出品を続けます。この時期、モネの経済的な逆転はまだ訪れていませんでした。しかし、1880年に開かれた個展が好評を博し、美術評論家や若手画家からの支持を受け、モネの評判は上昇しました。さらに、フランス国内の不況が収束するとともに、画商のリュエルも再びモネに多くの注文を寄せるようになり、わずか1年でモネの人生は逆転しました。 しかしこの逆転には、周囲の反対を押し切ってまで挑戦したサロンへの復帰がまったく結びついていないという皮肉な一面があります。さらにモネとルノワールの離脱を契機に印象派はグループ内で分裂するようになり、第8回展を最後に解散することとなったのです。 一方モネは1883年12月より、ルノワールと共に南フランスでの制作旅行に乗り出します。新たな風景に触発されたモネはその後もたびたび南フランスに長期滞在し、本作『ヴェンティミーリアの眺め』など彼の特徴が表れた作品を数多く制作しました。この時期の作品は、細かな筆触分割や鮮やかな色彩を通じて、光や風景の一瞬の捉え方が見事に表現されています。南フランスの山並み、地中海、風に揺れる木々が描かれ、これらはモネが好んで描いたモチーフです。 しかし、この成功の一方でモネとルノワールの関係は盟友と呼べるものではなくなってしまいます。もともと屋外で風景画を好んで描いたモネに対し、美女を描くことに魅了されたルノワールは全く正反対の性質の画家同士でした。お互いに画業で成功を収めたことで、結果的に2人が揃って制作する意味を成さなくなってしまったわけです。 実際モネはリュエルに対し、「ルノワールとの楽しい旅は、なかなか素晴らしかったのですが、制作するには落ち着きませんでした」と述べており、以前のように共同制作から成果を得る手法は難しくなったことを示しています。実り多かった南フランスでの制作旅行がそれを確信させるものになってしまったことは、これまた皮肉な結果と言えるでしょう。 さらにモネは新たな画商と契約することで画家は大衆からの支持が高まると考え、リュエルのライバルだったジョルジュ・プティやテオドルス・ファン・ゴッホ(兄はフィンセント・ファン・ゴッホ)ら他の画商たちとも契約を結びます。この成功はフランス芸術界における権力構造を変え、リュエルの地位を揺るがせました。当然ながらリュエルはこのモネの行動に激怒します。2人はその後も画家と画商の関係を続けていきますが、かつての画家とプロデュース役のように互いになくてはならない存在ではなくなっていくのです。 『ヴェンティミーリアの眺め』はフランス国内で所有されてこなかったためになかなか来日の機会に恵まれず、日本ではあまり注目されてきませんでした。しかし一目でモネの作品とわかるほどの出来栄えや、当時本作が描かれた背景を考えれば、この絵を見るためだけに足を運ぶだけの価値があると言えるでしょう。 この素晴らしい『ヴェンティミーリアの眺め』を通して当時のフランス、印象派、モネの取り巻く環境の変化などを感じ取っていただければ幸いです。 会期 2023年10月20日(金)~2024年1月28日(日) 会場 上野の森美術館 住所 東京都台東区上野公園 1-2 時間 9:00~17:00(金・土・祝日は~19:00) ※入館は閉館の30分前まで 休館日 2023年12月31日(日)、2024年1月1日(月・祝) 観覧料 一般 2,800円(3,000円) 大・専・高校生 1,600円(1,800円) 中・小学生 1,000円(1,200円) ※( )内は土・日・祝日料金です ※未就学児は無料です。日時指定予約は不要です ※身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳をお持ちの方とその介護者1名は、当日料金の半額となります。会場チケット窓口にて障がい者手帳を提示の上、購入してください。なお日時指定予約は不要です ※学生の方、各種お手帳をお持ちの方は、証明できるものを要提示 TEL 050-5541-8600(ハローダイヤル/9:00~20:00) URL http://www.ueno-mori.org/狂い始めたルノワールとの盟友関係
期せずして到来したモネの時代、その代償
『ヴェンティミーリアの眺め』は見るべき一枚
展覧会情報