2025.05.15
知っておきたい”ピエタ”彫刻10選【ミケランジェロから現代まで】
今回は「知っておきたい”ピエタ”彫刻10選」です。
西洋美術史に残る傑作ピエタですが、実はミケランジェロ以外にも多くの芸術家が手がけたポピュラーなモチーフでもあります。
今回はそんなルネサンスの巨匠をはじめとして、6人の彫刻家による10点のピエタをご紹介します。
「ピエタって何?」という方もぜひどうぞお付き合い下さい。
Contents
ピエタ(Pietà)とは
ピエタ(Pietà)とは、「憐れみ、慈悲」などを意味するイタリア語で、聖母マリアが十字架から降ろされたイエス・キリストを膝に抱く姿、もしくはその様子を表現した美術作品を意味します。その起源は13世紀末のドイツやフランスにさかのぼり、「ヴェスペルビルト(晩課像)」と呼ばれる信仰対象としての木彫ピエタが登場します。中でも、14世紀初頭に制作された《レトゲンのピエタ》は、血と苦痛に満ちたキリストの肉体と、母マリアの悲痛な表情が強調された、感情表現豊かなゴシック彫刻の傑作です。
15–16世紀に入ると、イタリアを中心にピエタ主題が彫刻の芸術作品として見なされるようになります。とりわけミケランジェロの《サン・ピエトロのピエタ》(1498–99)はこの系譜において大きな変革をもたらしました。若く美しいマリアと穏やかな死を迎えたキリストを理想化された人体表現で描き上げたこの作品は、まさに宗教的感情と古典美の融合を果たし、ピエタというモチーフを宗教的アイコンから芸術作品へと高めたわけです。
その後の《フィレンツェのピエタ》《ロンダニーニのピエタ》など、晩年に向かうにつれミケランジェロは主題の内面的・霊的側面を深く追求していきます。しかし、バロック期以降、ピエタの彫刻作品は数を減らしていきました。これは美術界のメインスポンサーが教会から貴族や有力な商人などの上流階級へと移り変わっていったことに起因します。彼ら新世代のパトロンは手間も時間も場所も製作費もかかる彫刻を嫌い、代わって絵画や建築装飾に宗教表現の重心が移っていきました。
20世紀に入ると、ピエタは再び重要な象徴として蘇ります。ドイツの彫刻家ケーテ・コルヴィッツの《死せる息子を抱く母》(1937–39)は、戦争と個人的な喪失を背景にした作品で、苦悩や母性を象徴するピエタ構図を通して平和への祈りを多くの人に訴えることに成功しました。こうした現代的解釈により、ピエタは宗教的主題を超えて、人間存在の根源的な悲しみや共感の象徴として現在も再構築され続けているのです。

Michelangelo Buonarroti (1475–1564), probably ca. 1544
Oil on wood; 34 3/4 x 25 1/4 in. (88.3 x 64.1 cm)
The Metropolitan Museum of Art, New York, Gift of Clarence Dillon, 1977 (1977.384.1)
http://www.metmuseum.org/Collections/search-the-collections/436771
ピエタ彫刻の傑作10選
1. レトゲンのピエタ【Röttgen Pietà】
- 制作年:1300年頃
- 所蔵:ボン:シュニュットゲン美術館【Museum Schnütgen】
- 素材:彩色木彫
- 特徴:『ピエタ』普及の原点であるゴシック期ドイツにおける初期ピエタの代表作です。キリストの痛みと死、それに対面したマリアの慟哭すら超越したような悲しみの深さを象徴的に表現しています。この情緒を重視した作風は、後のピエタ表現の基点となりました。
2. ミケランジェロ『サン・ピエトロ大聖堂のピエタ』
- 制作年:1498–1499年
- 所蔵:ヴァチカン:サン・ピエトロ大聖堂
- 素材:大理石
- 特徴:若く清らかなマリアが静謐にキリストを抱える姿は、宗教的・芸術的完成度が極めて高く、まさにルネサンスの理想美を体現したと言っても過言ではありません。その正統かつと高度な技術は「ピエタ表現」の金字塔となり、以降の「ピエタ」彫刻に絶大な影響をもたらしました。
なおリアリスティックな表現を追求したかに見える本作ですが、上記のとおりマリアが息子キリストと変わらないほどに若く、そしてあまりにも長身に制作されています。これは「キリストを膝の上で抱くマリア」の構図を自然で調和の取れたものにするため、そしてこの作品を人々が見上げた時にマリアの顔がちゃんと視界に入るようにするため、と考えられます。
このように理想美を追求するための誇張した表現が、後のマニエリスムに繋がったと論じる専門家も少なくありません。
3. ミケランジェロ『フィレンツェのピエタ』
- 制作年:1547–1555年頃
- 所蔵:フィレンツェ:ドゥオーモ博物館
- 素材:大理石
- 特徴:ミケランジェロの曲折点とも言うべき作品。後期の精神性と内省的テーマが強く表現されています。自身をニコデモとして描いたとされる表情には、信仰と病の検証のような重みが窺えます。
4. ミケランジェロ『ロンダニーニのピエタ』
- 制作年:1550年代〜1564年
- 所蔵:ミラノ:スフォルツァ城博物館
- 素材:大理石
- 特徴:ミケランジェロは合計4点のピエタを手掛けましたが、本作は最後の作品です。身体は大きく伸ばして表現され、キリストとマリアの体が融合するような植物的イメージは抽象的かつ精神的で、常習的な美しさよりも、霊性の暗示に重きが置かれています。
なお『ロンダニーニのピエタ』は未完の作品ですが、本作をピエタの最高傑作に推す専門家も少なくありません。
5. アントニオ・コッラディーニ『ピエタ』
- 制作年:1723〜1724年
- 所蔵:ヴェネツィア:サン・モイゼ教会
- 素材:大理石
- 特徴:コッラディーニは薄い紗や衣紋が体を彩るような意匠で名を馳せた彫刻家で、このピエタでも、その特徴が明確に表れています。布越しに浮かび上がる人体の輪郭や感情表現が際立ち、これまでのピエタよりも優美な印象です。本作はコッラディーニの初期作品の中でも特に重要な位置を占めており、以降、彼はイタリアの彫刻家として大きく飛躍していく事となりました。
6. フアン・デ・フーニ『ピエタ』
- 制作年:1575年
- 所蔵:スペイン:メディナ・デル・カンポ博物館
- 素材:彩色木彫
- 特徴:聖母マリアとキリストの姿勢や表情は、深い悲しみと哀悼の念が伺える伝統的なピエタの表現を踏襲しています。衣服の重厚なドレープや人体の描写にはミケランジェロの影響が感じられ、ルネサンス期の人体表現をよく研究していたのではないかと推察されます。
フーニはスペイン生まれながらフランスやイタリアに移住していた期間が長く、16世紀に流行したマニエリスムに大きな影響を受けていました。本作もその傾向が色濃く現れた代表作と言えるでしょう。
7. アントン・ヨーゼフ・ライス『ピエタ』
- 制作年:1897年
- 所蔵:ドイツ:聖ゲレオン大聖堂(ケルン)
- 素材:大理石
- 特徴:19世紀ドイツの宗教復興を背景に、敬虔と贖罪の想念が表現されています。ミケランジェロの構図を引用しながらも、合理的な体の配置と実在感ある表情により、現代的な問いかけも合わせ持つメッセージ性の強い作品です。
8. エルンスト・バルラハ『ピエタ(母と死せる息子)』
- 制作年:1932年
- 所蔵:ドイツ:マクデブルク聖堂等
- 素材:ブロンズ
- 特徴:バルラハのピエタは、戦争で息子を失った母親の姿をピエタに見立て、反戦のメッセージを明確に表しました。宗教表現よりも社会と人間性を問う言説性が強く、より現代アートらしい作品と言えるでしょう。
9. ケーテ・コルヴィッツ『死せる息子を抱く母(Neue Pietà)』
- 制作年:1937–1939年
- 所蔵:ドイツ:ベルリン、新衛兵舎(Neue Wache)
- 素材:ブロンズ
- 特徴:第一次世界大戦で息子を失った作者自身の体験に基づく、深い個人的哀悼と政治的メッセージを持つ作品です。伝統的なピエタの構図を保持しながらも、神性ではなく母性と喪失、抵抗と平和への祈りが前面に表れ、20世紀のピエタ再解釈の中核的存在となっています。
モチーフの選択が9のエルンスト・バルラハとよく似ていますが、二人は友好関係にあり、共に反戦メッセージを表現する運動を展開していました。
10. フェンウィック・ローソン『ピエタ(The Deposition)』
- 制作年:1999年
- 所蔵:イギリス・ダラム:ダラム大聖堂内 ナイン・オルターズ礼拝堂
- 素材:ライム材(シナノキ)による木彫
- 特徴:英国の現代彫刻家フェンウィック・ローソンによる、彫刻と信仰の深い融合が感じられる大作です。粗削りで力強い彫りと等身大のスケールが、現代におけるキリストの受難と救済の物語を観る者を圧倒します。信仰と現代アートを高い次元で融合させた、まさに新時代のピエタと言えるでしょう。
最後に
いかがだったでしょうか?
ミケランジェロの印象が圧倒的に強いピエタ彫刻の世界ですが、長い時間を経て多くの巨匠たちに継承されてきたことがわかっていただけたら幸いです。
特に現代に向かうに従い、宗教的な意味合いよりも普遍的な平和へのメッセージと親子の愛を象徴するモチーフへと変化していったことは興味深く思われます。
ちなみにピエタは絵画にも多数の名作があります。
詳しくは以下のリンクからどうぞ。