
2025.05.29
知っておきたい“ピエタ”絵画 12選【宗教芸術の傑作を描いた10人の芸術家】
彫刻だけではない”ピエタ”の魅力
今回は『知っておきたい”ピエタ”彫刻10選』に引き続き、ピエタ絵画の名作に焦点を当てて行きたいと思います。
ピエタと言えばミケランジェロの影響力があまりにも絶大なため、“ピエタ=彫刻”と認識している人も多いのではないでしょうか。しかし西洋美術史を振り返ると巨匠と呼ばれる画家たちも数多くピエタをモチーフとしており、その変遷を辿ることで美術に留まらない文化や思想に触れることができるでしょう。
Contents
- 1 ピエタ絵画と彫刻の関係と変遷
- 2 ピエタ表現の図像学と神学的背景
- 3 ピエタの名作12選(絵画)
- 3.1 1. ジョット・ディ・ボンドーネ《哀悼(ピエタ)》
- 3.2 2. ロヒール・ファン・デル・ウェイデン《キリスト降架》
- 3.3 3. アンドレア・マンテーニャ《ピエタ(死せるキリスト)》
- 3.4 4. サンドロ・ボッティチェリ《ピエタ(哀悼)》
- 3.5 5. アルブレヒト・デューラー《キリスト哀悼》
- 3.6 6. ミケランジェロ《コロンナのためのピエタの素描》
- 3.7 7. エル・グレコ《ピエタ》
- 3.8 8. ピーテル・パウル・ルーベンス《聖フランチェスコのいるピエタ》
- 3.9 9. アンニーバレ・カラッチ《ピエタ》
- 3.10 10. ウジェーヌ・ドラクロワ《ピエタ(サン・ドニ大聖堂)》
- 3.11 11. ウジェーヌ・ドラクロワ《ピエタ(ノルウェー国立美術館)》
- 3.12 12. フィンセント・ファン・ゴッホ《ピエタ(ドラクロワによる)》
- 4 最後に
ピエタ絵画と彫刻の関係と変遷
ピエタ(Pietà)とは、死したキリストを抱く聖母マリアの姿を表すキリスト教美術の重要な主題です。彫刻においては、ミケランジェロによるサン・ピエトロ大聖堂のピエタ像(1499年)に象徴されるように、三次元的な形態によって身体性や静謐な感情が強調されます。一方、絵画におけるピエタは、視覚的な物語性と構図、色彩によって、より多様で複層的な意味をもたらしてきました。

絵画におけるピエタ表現は、14世紀ゴシック後期のジョットから始まり、15世紀の北方ルネサンスでは細密描写と深い情念、16世紀イタリアでは人体美と精神性、17世紀のバロックでは劇的な光と動きが加わりました。18世紀以降は表現の頻度が減る一方で、19世紀ロマン主義や象徴主義、20世紀初頭の個人的表現へと変化していきます。
こうしてピエタ絵画は、時代ごとの宗教観、美学、社会的文脈の変化を反映しながら、静謐な祈りから激情的な哀悼、さらには人間の普遍的な悲しみの象徴へと、その意味とかたちを広げてきたのです。 (Pietàを主題とした西洋絵画の代表作)
ピエタ表現の図像学と神学的背景
ピエタという構図は聖書には明示的に登場せず、聖母マリアが亡きイエスの遺体を抱く場面は、後世の信仰と美術の中で形成されたものです。図像学的には、「磔刑(Crucifixion)」の後の「哀悼(Lamentation)」や「埋葬(Entombment)」といった受難の場面の一部に分類されることが多く、特に“母と子”という人間的な関係性に焦点を当てるのがピエタの特徴です。
神学的には、マリアが死せるキリストを抱く姿は、彼女が単なる母親ではなく「新しいエバ」として人類の救済に参与する存在であることを象徴しています。中世以降のキリスト教神秘主義においては、信徒がマリアの悲しみに心を重ねることで、キリストの受難をより深く感じ、信仰を深める「感情的信仰(affective piety)」が重要とされました。このような感情移入の実践が、ピエタ図像を発展させる大きな要因となりました。
ピエタの名作12選(絵画)
1. ジョット・ディ・ボンドーネ《哀悼(ピエタ)》

- 制作年:1305年頃
- 技法:フレスコ
- 所蔵:スクロヴェーニ礼拝堂(イタリア・パドヴァ)
- 特徴:近代絵画の父とも称されるジョットによる代表作。キリストの死を嘆くマリアを中心に、群像が自然な動きと感情で描かれており、中世からルネサンスへの転換を象徴する。空間表現や視線の誘導も革新的で、ピエタ主題における原点ともいえる。
ジョットは感情や心理など、初めて人間を表現した画家である。キリストやマリアなどいわゆる聖家族、聖人と呼ばれる人々はそれまで人間というよりも神に近いものとして描くのが普通だったが、ジョットは彼らを人間らしく表現し、キリスト教の布教に変革をもたらした。
2. ロヒール・ファン・デル・ウェイデン《キリスト降架》


- 制作年:1435年頃
- 技法:油彩、板
- 所蔵:プラド美術館(スペイン・マドリード)
- 特徴:フランドル絵画の巨匠ファン・デル・ウェイデンによる傑作。キリストの体と同様に気絶するマリアの姿が、視覚的にも精神的にも強く共鳴し合う。構図の厳密さと精緻な描写により、ピエタ表現の一つの完成形を提示した。
ファン・デル・ウェイデンは真作と確定している絵が一枚もない。しかしもっとも関連資料が残されていることから、本作は真作と見て間違いないとする研究者は多い。
3. アンドレア・マンテーニャ《ピエタ(死せるキリスト)》

- 制作年:1480年頃
- 技法:テンペラ、板
- 所蔵:ブレラ美術館(イタリア・ミラノ)
- 特徴:パドヴァ派の中心人物マンテーニャによる、遠近法と透視図の極致的作品。短縮法(フォアショートニング)を用いて、キリストの遺体を足元から描くという異例の構図を採用している。死のリアリティと視覚的衝撃が強烈な印象を残す。
4. サンドロ・ボッティチェリ《ピエタ(哀悼)》

- 制作年:1490年代前半
- 技法:テンペラ、板
- 所蔵:ミュンヘン古典絵画館(ドイツ)
- 特徴:『春』『ヴィーナスの誕生』などで知られるフィレンツェ派の巨匠による宗教的作品。優美な線描と穏やかな表情、抑制された感情表現が調和し、深い敬虔さと祈りの空気を醸し出す。静謐なピエタ表現の好例。
ボッティチェリはメディチ家からの支援を受けて自由で華やかな寓意的創作を展開していたが、宗教家サヴォナローラの影響により厳粛で禁欲的な作風へと移行した。本作はその影響が色濃く現れた一枚である。
5. アルブレヒト・デューラー《キリスト哀悼》

- 制作年:1500年頃
- 技法:油彩、板
- 所蔵:アルテ・ピナコテーク(ミュンヘン)
- 特徴:ドイツ・ルネサンスを代表するデューラーによる、繊細な筆致と構成が印象的な作品。細密な写実と人物の精神性を融合させ、北方の宗教観を視覚化している。ピエタ的な主題に対する、理性と感情のバランスが取れたアプローチが光る作品。
6. ミケランジェロ《コロンナのためのピエタの素描》

- 制作年:1538年~1544年頃
- 技法:チョーク素描
- 所蔵:イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館(アメリカ・ボストン)
- 特徴:彫刻家として名高いミケランジェロによる素描作品。ミケランジェロが親しい友人ヴィットリア・コロンナに贈った作品で、繊細な描線と静かな情感を通じて、信仰と死への深い内省が表現されている。
7. エル・グレコ《ピエタ》

- 制作年:1571年頃
- 技法:油彩、キャンバス
- 所蔵:フィラデルフィア美術館(アメリカ)
- 特徴:ギリシャ出身のスペイン画家であるエル・グレコの初期作。縦に引き伸ばされた人物像と表情の誇張が、キリストの死と超越的な精神性を象徴する。色彩と構図にマニエリスムの要素が強く表れており、非現実的な神秘性を持つピエタ。
グレコのマニエリスムは独自色が強く、ミケランジェロを頂点とする他のマニエリストとは一線を画す。しかし本作の制作当時はまだ若く、さらにローマに移動した時期であったためか、ミケランジェロの影響が色濃く伺える。
8. ピーテル・パウル・ルーベンス《聖フランチェスコのいるピエタ》

- 制作年:1612年頃
- 技法:油彩、キャンバス
- 所蔵:ベルギー王立美術館(ブリュッセル)
- 特徴:バロック期を代表するフランドルの巨匠ルーベンスによる力動的な構成。キリストの身体表現には肉体美と光が宿り、哀悼というよりも復活への希望と感情の爆発が描かれている。視覚的にドラマチックなピエタ。
他のピエタ作品とは異なりキリストの右側に聖フランチェスコが大きく描かれているが、これは本作が聖フランチェスコ派に属するレコレトリュム修道会から注文を受けて制作されたためでもある。
ルーベンスは理想美を追い求め、特に豊かな肉体表現を好んだ。それゆえ彼のピエタは、キリストも十字架から下ろされたばかりにしては健康的で光り輝いている。
9. アンニーバレ・カラッチ《ピエタ》

- 制作年:1604年
- 技法:油彩、キャンバス
- 所蔵:ナポリ国立美術館
- 特徴:バロック前夜の画家として知られるカラッチによる穏やかで構築的なピエタ。マリアの静かな悲しみとキリストの清らかな姿が、トリエント公会議後のカトリック美術に求められた明晰さを体現している。
10. ウジェーヌ・ドラクロワ《ピエタ(サン・ドニ大聖堂)》

- 制作年:1844年
- 技法:油彩、キャンバス
- 所蔵:サン・ドニ大聖堂(パリ)
- 特徴:ロマン主義の旗手ドラクロワによる、筆致と感情に満ちた宗教画。荒々しい筆づかいと色彩によって、死と救済への緊張感を描き出す。19世紀は宗教画がモチーフになる機会が減りつつあったが、ドラクロワはドラマチックな表現で新たなピエタ像を生み出した。
11. ウジェーヌ・ドラクロワ《ピエタ(ノルウェー国立美術館)》

- 制作年:1850年
- 技法:油彩、キャンバス
- 所蔵:ノルウェー国立美術館(Nasjonalmuseet)
- 特徴:ドラクロワの《ピエタ》と言えば、ノルウェー国立美術館所蔵のこちらも有名。劇的な明暗と深い陰影によって死と悲しみの情感を強調し、キリストの斜めの構図とマリアのうずくまる姿が不安定さを際立たせている。全体にロマン主義特有の激情と内面の苦悩があふれ、暗い色調の中に宗教的な敬虔さが漂う作品である。
なお本作といえば、あの炎の画家ゴッホがほぼ同じ形で作品制作をしている。
12. フィンセント・ファン・ゴッホ《ピエタ(ドラクロワによる)》

- 制作年:1889年9月
- 技法:油彩、キャンバス
- 所蔵:ファン・ゴッホ美術館(オランダ・アムステルダム)
- 特徴:サン=レミ療養院に入院中のゴッホが、ドラクロワのリトグラフに触発されて制作した作品。荒々しい筆致と強い色彩を用い、キリストの苦悩と悲しみを情熱的に描き出している。赤い髭のキリスト像にはゴッホ自身を重ねたとも解釈され、彼の精神的葛藤や救済への願いが表現されている。宗教画をほとんど描かなかったゴッホにとって異例の一枚であり、内面的な苦悩と芸術表現が融合した重要な作品である。
最後に
いかがだったでしょうか?
ピエタと言えば彫刻のイメージが強いものの、絵画にも優れた傑作が多数あることをご理解いただけたのではないでしょうか?
とくにゴッホの《ピエタ》は、《ひまわり》や《糸杉》などの代表作に比べて知名度こそ低いものの、生涯唯一の宗教絵画として非常に貴重な作品であり、ぜひ少しでも多くの人々に知っていただきたい傑作です。
彫刻よりも運搬の利便性から今後企画展の目玉として来日の可能性もあるので、これを機会に注目していただければ幸いです。