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2021.02.12

カナダで平和を伝える日系作家 ジョイ・コガワ

「Obasan」という小説をご存知でしょうか。本作は日本でも「失われた祖国」というタイトルで広く知られています。著者のジョイ・コガワは、詩人・小説家として活躍し、カナダでは最も有名な日系人作家と言われています。1981年に出版された「Obasan」はジョイ氏の作品の中でも最も知られた作品であり、戦中戦後の日系カナダ人が置かれた厳しい状況を一つの物語として描いた自伝的小説で、現在カナダの大学の教科書にも掲載されています。

またコガワは社会問題について様々な声明を発表するなど、活動家としての顔も持っています。日本国憲法9条や戦争体験談を語るといった講義なども多くの場で行っており、実体験を通して生まれた重みのある言葉で平和の想いを訴え続けています。本著は、彼女の平和への活動、そして平和の願いが切に込められた彼女の言葉に耳を傾ける上で、欠かせない一冊であると言えるでしょう。

今回はジョイ・コガワ氏の人生と共に、代表作「Obasan」についてを解説していきたいと思います。

Joy Kogawa: Essays on Her Works (Writers Series) 表紙
Joy Kogawa: Essays on Her Works (Writers Series)表紙

ジョイ・コガワの人生

ジョイ・コガワは、1935年バンクーバー生まれの日系カナダ人二世として生まれました。父はカナダ聖公会の司祭、母も伝道師という、敬虔なクリスチャンの両親のもとに育ちました。ジョイは白人系の中流階級が多く暮らす地域で育ちましたが、彼女が6才の時、第二次世界大戦がぼっ発。コガワ一家はもちろん、カナダに住む日本人の生活をも激変させこととなりました。ジョイ氏を含む日系人たちは日系人であるということだけで強制的に家を追われ、同州のスローカンやコールデールの労働キャンプと拘留キャンプに移されます。その結果、カナダでは日系であることが恐ろしい疫病であるかのように捉えられるようになり、ジョイもその時代がいかに辛く暗い時代であったかを後に語っています。その厳しい日系人の境遇は、戦後数年が経過しても解決せず、ジョイたち一家はバンクーバーに戻ることは許されませんでした。後年、彼女が積極的な平和活動に乗り出したのも、そんな厳しい状況下で少女時代、青春時代を過ごした影響が大きいと言えるでしょう。

コーンデールの高校を卒業後、ジョイ氏は1954年にアルバータ大学に進学。その後1956年にトロントのアングリカンウィメンズトレーニングカレッジと王立音楽院へと進み、同年に生まれ育ったバンクーバーに戻ることとなりました。1968年に最初の詩集「TheSplintered Moon」が出版され、1981年に「Obasan」を出版します。この作品が、今回解説させていただく彼女の最も有名な自伝的小説です。その後も数多くの詩や小説を発表していますが、中でも「Obasan」は当時の世論に与えた影響が非常に大きく、出版後カナダ文学賞や米国図書賞などいくつもの賞が与えられ、1986年にカナダ勲章、2006年にはブリティッシュ・コロンビア勲章も授与されています。日本でも彼女の功績は高く評価され旭日章が送られました。85歳となった現在もバンクーバーとトロントに拠点を構え、当時の体験から平和の言葉、想いを数多くの場で伝え続けています。

「Obasan』Joy Kogawa

 

「Obasan」(失われた祖国)のあらすじ

Obasan」はカナダのアルバータ州の田舎町に住む日系三世の学校教師ナオミと、彼女のおばにあたる二人の女性の思い出と経験に焦点を当てた家族の物語。本作は三部構成で、第二次世界大戦中に強制収容されたジョイ・コガワ氏の実体験と日系カナダ人たちが残した手紙、資料に基づいて描かれたフィクションです。物語は叔父の訃報を知ったナオミが叔母の家を訪れたことをきっかけに戦時中の手紙、写真や資料に触れ、当時のことを断片的に回想していく形で展開されます。 物語の多くはナオミのナレーションによって語られ、過去と現在の双方の混乱と苦しみを受け入れるナオミの葛藤は戦争によって翻弄された当事者たちの心境そのもののように感じられます。

詩人であるジョイ氏の表現は詩情に富み、ナオミの揺れる想いが鮮明に描かれ、戦中戦後に海外に身を置いた日系の人たちがどのような環境下で暮らし、どのような想いを持っていたかを知ることのできる極めて意義の大きい文学作品です。実際に本作が大きな反響となったことがきっかけとなり、パンクーパー市議会は日系カナダ人に対しての正式な宣言が行われ「人権、正義、平等の理念を掲げ、 今も今後も二度とこのような非人道的なことが起こらないようにする」といった宣言がなされました。

ただジョイ氏は本作「「Obasan」で伝えたことは日系人としての恨みつらみではなく、世界中どこでも起こっていたこと」と語っています。事実カナダの良心派の中には日系カナダ人の追放に反対し、日系カナダ人のために活動した人道的な人もいたのだということも見逃してはならない事柄でしょう。あまりにも複雑な問題であるからこそ、戦争を全く知らない世代はこの事実を受け止め、ジョイ氏をはじめとした戦争体験者の言葉に真摯に耳を傾けることが重要なのだと多くの気づきを与えて頂けるのが今回紹介させていただいた「Obasan」(「失われた祖国」)です。本書にはジョイ・コガワ氏の生の声があり、平和に向けての想いが込められています。このような時代であるからこそ、今一度本書を通して戦争を体験した方々の声に耳を傾けてはいかがでしょうか。