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2023.06.05

【今日の一枚】本質をとらえた具象 ブランクーシ作「空間の鳥」

“What is real is not the external form, but the essence of things.” – Constantin Brâncuși

「本当の現実は外部の形ではなく、事物の本質に宿る」- コンスタンティン・ブランクーシ

空間の鳥 1932(出典:Wikiart.org

今回の【今日の一枚】ではコンスタンティン・ブランクーシの代表作「空間の鳥」の解説をして参ります。
。20世紀の名作の1つとして広く知れ渡っているので、本作をご存知な方も多いはずです。
「空間の鳥」というタイトルを知ればなんとなく鳥の形ような気もしますが、もしタイトルを知らなければ鳥だと気付かないのではないでしょうか。確かに綺麗に磨かれた抽象オブジェのようなフォルムには、羽根もくちばしも見えません。少し曲線がかっているので刀のように見える方もいるでしょう。
しかし、実際に作品を見てみると、彫刻とは思えないほどの軽やかさがあることに驚きます。まっさらに磨き上げられたブロンズが美術館の光を反射し、「鳥」が飛び立つ軌道を見たような力の流れを感じることができるのです。
「空間の鳥」の作者ブランクーシは自身の作品を「抽象ではなく本質を表現した具象だ」と語っています。本記事ではブランクーシがこの作品にどのような意図を込めて制作を行ったのかを紐解いていきたいと思います。

 

コンスタンティン・ブランクーシとは??

ブランクーシ ポートレート(出典:wikipedia)

まず、作品の解説をする前にブランクーシがどのような芸術家であったのか簡単に説明をしていきたいと思います。
コンスタンティン・ブランクーシ(1876 – 1957)はルーマニア生まれの20世紀を代表する彫刻家です。

20世紀はアートの歴史上最も大きな転換期となった時代と言われています。特に20世紀初頭から前半の美術の動きは凄まじく様々な形のアートが生まれ、その影響は現代にまで及びます。その激動の時代の中でブランクーシは活動し、同時に自身の表現を追求した人物の一人です。

ブランクーシはルーマニアの寒村に生まれ、家具職人の下で働き、またブカレストの美術学校で学んだ後、1904年にパリへと辿り着きます。当初は近代彫刻の父と言われるオーギュスト・ロダンに大きな影響を受け、彼の下で働いていましたが、わずか2年ほどで独立し、以降は自身の表現を追求しすることとなります。その数年後には写実的な作品から離れ、抽象的作品に取り掛かりました。その背景には、当時トレンドとなっていた原始彫刻やキュビスムの影響があったとされています。

「空間の鳥」が生まれたのは、1923年になってからのことです。本作は23年から41年にかけてブロンズや大理石で16点制作され、これらの作品は彼の最も有名な作品との一つとなっています。

その後も一切の無駄を取り除いた洗練された作品を数多く生み出しましたが、1957年パリにて生涯を終えました。彼が残した数多くの作品はその後の世代に決定的な影響を及ぼし、ミニマルアートの先駆的な作品とも言われています。

 

「空間の鳥」

空間の鳥 1932(出典:Wikiart.org
ブランクーシ 「空間の鳥」1923 (出典:Wikiart.org

それでは本記事のテーマ「空間の鳥」を改めて見ていきましょう。

本作は美術史における激動の時代の中でブランクーシが生み出した抽象的なフォルムの作品であり、彼を20世紀史上最も偉大な彫刻家と位置付けた抽象的なフォルムの作品です。しかし、冒頭で記したようにブランクーシは自身の作品を「本質を表現した具象」と評しています。

本質を追求した具象とはどういうことなのか。それは本質を「鳥そのもの」ではなく、「鳥が飛ぶ」行為に着目すれば理解することができます。

ブロンズがブロンズであることを感じさせないほどまっさらに研磨された物質は浮遊感を感じさせ、上に伸びるような曲線は鑑賞者の視点を上へ上へと誘導します。鑑賞者の目には明らかに抽象的なフォルムとして映りますが、ブランクーシの対象の核(鳥が飛ぶ行為)は明確であり、無駄なものがないからこそブランクーシの捉えた核は鮮明な形となっています。表面の姿かたちではなく、対象が持つ能力−軌道や浮遊感−を表現しようとしたからこそ「抽象ではなく本質を表現した具象だ」と彼は言ったのです。彼の作品は抽象化した形ではなく、対象の核を捉えたことによって生まれた純化したフォルムなのです。

ただ当時ではあまりに革新的な表現であったため、「空間の鳥」は「モノ」として扱われた事例があります。

1926年「空間の鳥」がアメリカの税関を通った時、税関側は彼の作品を芸術作品とは認めず、課税対象の金属製品として通しました。1926-28年に作者との間で裁判が行なわれ、作家側が勝訴しましたが徹底的に簡略化された彫刻が作品としてでなくモノと認知されたことを証明しています。

現在では多様な芸術観が認知されたおかげで、上記のような出来事は減少しました。しかし我々は今でも自分の理解の範疇を超えた作品を目の当たりにした時、このアメリカの税関職員のように戸惑い、時にはそれを芸術作品ではないと感じてしまうこともあります。しかし、その作品の中には何があるのか、どう感じるのかを作品との対話の中で自分なりの答えを導き出してみることで、新たな芸術の世界に触れられるのではないかと思います。現代の多様な作品が溢れる中でもブランクーシの「空間の鳥」は、作品の真意を問うような大きな意義を持つ作品の一つであり続けています。

ブランクーシについて深く知りたいにとって中原 佑介著『ブランクーシ : Endless beginning』(美術出版社)はブランクーシを知る上で最も有力な日本の書籍なので一度読んでいただくことを強くお勧めいたします。

 

中原 佑介著『ブランクーシ : Endless beginning』(美術出版社)

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