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2021.05.28

【今日の一作】アルベルト・ジャコメッティ「The Walking Man Ⅰ」

「The Walking Man Ⅰ」1960

今回の【今日の一作】ではアルベルト・ジャコメッティ作「The Walking Man Ⅰ」を取り上げていきたいと思います。

本作は180cmを超える大きな作品で、彼が制作した膨大な数の人物像の作品シリーズの一つです。この作風こそジャコメッティを世界的に知らしめることとなったものであり、この針金のように細長い彫刻はジャコメッティを象徴する作風となっています。本作のような抽象とも写実ともいえない、境界線が非常に曖昧な作風は、彼が制作を通して行った試行錯誤が結実したものだと言われます。

今回は、本作からジャコメッティが表現しようとしたものを【ジャコメッティについて】と【作品について】という観点から探っていきたいと思います。

ジャコメッティについて

アルベルト・ジャコメッティ ポートレート

アルベルト・ジャコメッティ(1901-1966)はスイス出身の彫刻家であり、その功績から“20世紀で最も重要な彫刻家”と称されます。

後期印象派の画家ジョヴァンニ・ジャコメッティを父に持つ彼は、幼い頃から芸術に関心を持っていたようです。12才ですでに油絵を描き始め、13才の頃には彫刻の制作に取り組んでいました。21歳になるとパリに渡り、本格的に彫刻を学ぶ道に進むこととなります。ジャコメッティが渡った1920年代のパリは美術史上芸術運動が最も活発化した時代であり、数多くの新しい芸術表現が発生した時代です。ジャコメッティもこの頃ピカソ、マックス・エルンスト、ジョアン・ミロといった画家、シュルレアリスム運動の主唱者アンドレ・ブルトンや哲学者のジャン=ポール・サルトルらとの交流を重ね、それらの影響を受けた作品を数多く発表しています。

ジャコメッティはキュビスムや原子彫刻の手法を試し、その後シュルレアリスムに移行することとなりますが、やがてそられの手法を捨て独自の道を歩むことになりました。そして第二次世界大戦後、ジャコメッティは自身の人生を変える代表作を制作することとなります。それが今日の一作「The Walking Man Ⅰ」など細長い人物像の作品シリーズです。厳密には大戦前からこのような作品に着手していましたが、試行錯誤を重ね、独自の表現方法を確立したのは第二次世界大戦以降です。

細長い人物像の制作以降、ジャコメッティは世界的に評価されることとなり、1962年にはスイス芸術家の代表としてヴェネツィアビエンナーレに選抜されるほどの存在となりました。しかしそれから4年後、65歳で亡くなることとなりました。彫刻家としていよいよ自身の作風を確立し、活躍の真っ只中でのことでした。

ジャコメッティは1920年代以降、数多くの芸術技法を試しましたが、彼はキュビスム、表現主義、シュルレアリスム、フォーマリズムこのどれにも位置付けることができない特異な芸術家であると言われています。それほど彼の表現は独自性に富んだものであり、この独自性こそ彼が20世紀最も重要な彫刻家と言われる所以なのです。

作品について

 

「The Walking Man Ⅰ」1960

改めて「The Walking Man Ⅰ」を見ていきましょう。本作は晩年の1960年にジャコメッティが制作した作品であり、長年の試行錯誤が結実した作品です。

前述したようにジャコメッティはキュビスム、原始彫刻、シュルレアリスムといったさまざまな美術技法を取り入れた後、独自の道を歩んでいくこととなりました。

本作品はジャコメッティが独自の道を歩んだことを象徴する作品として知られ、本作に限らず彼の多くの作品は「縦に引き伸ばされたような細長い人体」、「針金のように身体が細い」、「表面は凹凸している」といった共通点があります。これらの要素は通常の人体像からかけ離れているように感じられますが、ジャコメッティにとっては「単に自分が観察したものを表現しただけ」であり「人間の空虚さを捉えようと試みたら細長い形になった」と語っています。

ジャコメッティが独自の人体像の制作を試みるようになったのは、1930年頃からのことです。その頃は記憶の中の人体を現実に描写するほど彫刻のサイズが小さくなり、大きな彫刻を試みるも現実的に描写しようとするほど今度は細長くなっていくという課題に悩まされていました。ジャコメッティは30年代を通して小さくなっては細長くなるという葛藤を繰り返す中で、やがて細い人体像に「現実と精神性を描写する方法」を見出したのです。そして1946年頃に発表されたのが「The Walking ManⅠ」をはじめとした細長い彫刻であり、以降この作風こそ彫刻家ジャコメッティを決定づけるものとなっていきました。

つまり異様に細長く、引き伸ばされたように見えるジャコメッティの作品は、目に見える現実と目には見えない精神を同時に表現したものであり、「彼が直接観察したもの、そして彼が主観で見て感じたこと、それに加えて彼の心の奥で育まれたイメージ」が表現されているのです。

本作は存在が明確に認知できる姿を描写したものでありながら、精神性を感じ取ることができる、写実でなければ抽象でもないジャコメッティのみがなし得る表現だったのです。

 

 

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