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2021.10.15

【日本人が知らない芸術家】アルフレート・クービン

私たち日本人は世界的にもアート好きな人種と言われますが、その目に触れる芸術の世界はほんの一握り、氷山の一角に過ぎません。そこで本稿では、これまで多くの日本人が知り得なかったであろう芸術家をご紹介していきたいと思います。

今回は「アルフレート・クービン」です。

アルフレート・クービンAlfred Kubin1877-1959

Alfred_Kubin

アルフレート・クービンAlfred Kubin1877-1959)は、オーストリアの版画家・イラストレーター・挿絵画家です。主に象徴主義・表現主義の芸術家に分類されるものの、その独創的な世界観は同グループの中でも突出しています。

そんなクービンの作風は、一言で言えば「怖い絵」。モノクロームで描かれる彼の世界は、まさに恐怖そのものです。以下の作品を見ていただければ、一目瞭然でしょう。

The past forgotten swallowed
Black_mass

クービンは、オーストリア=ハンガリー帝国統治時代のボヘミア王国リトムニェジツェの出身ですが、彼の描いた恐怖は私たち日本人にも共感し得るものとなっています。まさに言語の壁を超えた恐怖です。もしかしたら、水木しげるやエドワード・ゴーリーを思い浮かべた方もいるかもしれません。

クービンの恐怖の源流は、彼の幼少期にあります。子供の頃に感じ、意識の深層で増殖し続けてきた無垢な恐怖のイメージです。それゆえに私たちは言語や文化の壁を超えて、クービンの恐怖を共有することができるのです。水木しげるの創作も幼少期の妖怪との出会いが原点でしたから、絵柄の違いこそあれ、似た雰囲気になるのは自然と言えるでしょう。

The moment of birth

とはいえ、いたずらに子供の恐怖を描き起こしたところで芸術作品にはなりません。クービンには幼少期の内面の曖昧な感情に着眼する優れた感性の他に、卓越したデッサン力がありました。彼は10代から20代にかけて、写真や絵画の道で挫折を繰り返します。途中、オーストリア軍に短期入隊した影響から、神経衰弱も患いました。そんな試行錯誤の日々の中で、オディロン・ルドンやエドヴァルド・ムンクら幻想性の強い作品から影響を受けます。中でも彼に大きな影響をもたらしたのが、マックス・クリンガーやフランシスコ・デ・ゴヤのアクアチント(凹版技法の版画)でした。

マックス・クリンガー 連作「手袋」より

「ここでは、考えられるあらゆる感情の世界を想像力豊かに表現できる、新しい芸術が私に開かれていたのです」(クービン)

自分の創作の方向性を見出したクービンは、1910年ごろからドローイングやリトグラフなどモノクロームの世界を確立していきます。1911年にはブラウエ・ライター(青騎士派 カンディンスキーなどを中心とするドイツ表現主義グループ)に参加し、1913年にはグループ展で作品を出展。ドイツ表現主義のまた、ドストエフスキーやエドガー・アラン・ポオの挿絵を担当するなど、挿絵画家としても活躍するようになります。クービンの卓越したデッサン力は、こうした若かりし日の紆余曲折の中で培われたのです。

ワシリー・カンディンスキー「コンポジションⅦ」

今日も欧州を中心に根強い人気を誇るクービンですが、現代の日本でその名を知る人はほとんどいません。しかし彼の描いた恐怖の世界が、水木しげるやゴーリーを愛した日本人の琴線に触れないはずはないと思うのです。

 

The last king

 

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