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2023.07.12

【今日の一枚】自身の痛みと経験を刻んだ自画像 フリーダ・カーロ 「いばらの首飾りとハチドリの自画像」

今日の一枚

 

never paint dreams or nightmares. I paint my own reality. – Frida Kahlo
「私は夢や悪夢を描くことはありません。自分自身の現実を描きます。」- フリーダ・カーロ

フリーダはイバラの蔦を首にまき、血を流しながらも真っ直ぐに前を見る自画像を描いた。
この瞳の奥に彼女は何を描いたのだろうか。

「いばらの首飾りとハチドリの自画像」1940 ボストン美術館蔵

 

フリーダ・カーロとは

フリーダ・カーロは20世紀前半に活躍したメキシコを代表する女性画家の一人です。彼女は現代芸術史において極めて重要な位置を占めており、自身の苦悩や痛み、政治的なメッセージを込めた自画像を数多く描いたことで知られています。彼女の絵画は鮮やかな色彩が特徴でありながら、暴力的で生々しい表現を含んでいます。彼女の作品にはこれまでの芸術家にはなかった強烈な個性が宿っているのです。

良くも悪くもカーロの人生において転機となったのは1925年に彼女の乗っていたバスで起きた大事故でした。当時18歳だったカーロはこの事故で重傷を負い、数ヶ月もの間寝たきりの状態になります。退院後も後遺症に悩まされ続け、生涯にわたって身体的・肉体的な苦痛を負うこととなりました。しかしこの事故による後遺症は同時に彼女の芸術表現の源泉ともなりました。病院での静養中に彼女は独学で絵を描きはじめ、以来自身の苦しみや感情をキャンバスに描き続けました。

また、フリーダ・カーロは画家のディエゴ・リベラとの出会いによってその芸術的才能を開花させました。カーロはのちにディエゴ・リベラの妻となりますが、恋愛や結婚、不倫、離婚、(ディエゴと)再婚をし、フリーダはそのディエゴへの愛や苦悩をキャンバスの中に描いています。

Frida Kahlo 1932

さらに彼らは共に世界を飛び回り、共産党の政治活動やメキシコのナショナリズムに献身的に取り組みました。カーロとリベラはメキシコ人としての愛国心や革命後の先住民族の文化を称える活動において共感し合い、それは彼女の作品の中にも色濃く表れました。日常生活でもカーロはメキシコの伝統衣裳(テワナドレス)を身にまとい、ネイティブの精神を大切にしました。カーロはメキシコの民族芸術を参考にし、鮮やかな色彩や死や宗教、自然を象徴するモチーフを取り入れています。彼女の作品は宙に浮く花やうねる風景、移植された身体、渦巻く悪霊などが描かれており、これらのイメージはシュルレアリスムと関連付けられてきましたが、彼女は夢の中にいるような無意識の心情をで表現するシュルレアリスムとは異なり、自身の身体と人生経験をありのままにキャンバスに表現しました。これは彼女の残した言葉「never paint dreams or nightmares. I paint my own reality.」(私は夢や悪夢を描くことはありません。自分自身の現実を描きます。)に表れています。

1954年、カーロは47歳の若さでこの世を去りました。死後、メキシコを中心として活動していたため限定的だった評価もアンドレ・ブルトン(シュルレアリスムの創始者)をはじめとする人物に評価され、カーロの人気は年々高まり、現在に至っています。カーロの作品は彼女自身の苦悩やメッセージを通じて多くの人々に強い感銘を与えるとともに、芸術史においてもポートレートによって自己表現を可能にした先駆的な人物として重要な位置を占めています。

「いばらの首飾りとハチドリの自画像」1940

本作は、フリーダ・カーロが1940年に制作した作品で、彼女の描いた自画像の中でも特に有名な作品の1つとして知られています。本作でカーロはトゲの首飾りをつけて血を流す自分自身を描きました。彼女は自己表現として自画像を描き、自身の苦しみや内面の葛藤を描き出しました。本作もそれらと同様に色こく彼女の心の状態や体験が表れている作品と考えられています。

本作において最も目を引くのが首に巻かれたいばらによって血を流すカーロ自身の姿でしょう。このイバラの蔦はカーロの作品に頻繁に出てくるモチーフの一つで、痛みや苦しみの象徴として解釈されます。首に巻き付くイバラの蔦は事故の後遺症によってもがいてももがいても取り除くことの出来ない苦痛のメタファーとして描かれています。一方で、彼女の目は苦痛をものともせず真っ直ぐに前を見つめ、失意に打ち勝ち自身の現実と未来を見据えているように感じられます。それを示すようにカーロは自身の胸元にハチドリを描きました。ハチドリもカーロが頻繁に絵の中に描いたモチーフの一つであり、鳥は彼女にとって自由や精神的な解放を象徴するメタファーと考えられています。

また、繋がった眉毛や口髭がより彼女の内面の強さを引き立てています。彼女の写真を見る限りでは、実際のところ絵ほど眉はそれほど濃く繋がってはいませんし、口髭も認識できるほど生えているわけではありません。

「いばらの首飾りとハチドリの自画像」1940 ボストン美術館蔵

これは一説にはジェンダーとアイデンティティの表現であると考えられており、眉毛を繋げて描くことはジェンダーやアイデンティティに関する社会的な規範に対する抵抗や独自性の表現とも解釈されます。カーロは女性としてのアイデンティティを追求しながらも、伝統的なジェンダーの枠にはとらわれず、自身の個性を強調しました。

そんな彼女を取り囲むように、くも猿や黒猫、熱帯の植物や花、昆虫が描かれており、これらが絵画を一層鮮やかなものにしています。ここに描かれているのはメキシコで日常的に見られる植物や花、実際にカーロが大切にしていたペットが描かれており、これらもカーロの作品の中でしばしば描かれるものです。特に猿はメキシコの神話で欲望の象徴であり、フリーダがメキシコの神話からモチーフを取っていることが分かります。自画像における自己表現もさることながらメキシコの文化や芸術をルーツに感じさせる点においてカーロの作品は圧倒的な独自性を含んでいます。

本作を含め、フリーダ・カーロの作品には自身の痛みと経験が深く刻み込まれています。身体的に、肉体的に痛みを感じるほどに彼女の作品は鮮やかになっていきました。時には暴力的で生々しい作品を描きましたが、それらは決して悲観的なだけのものではありません。むしろ彼女の作品には痛みを超え、逆境に抗い、一人の女性が信念とともに生き抜いた証が刻まれているのです。

 

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