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2023.08.09

【今日の一枚】アンクル・サムの肖像「I Want You for U.S. Army」

こちらに向けて指を差す強面の白人男性。頭には五芒星のハットをかぶり、アゴにはブロンドの山羊ヒゲを蓄え、なんともインパクトの強いルックスです。ネット上で同じようなパロディを見た人も多いんじゃないでしょうか。
ところでこの男性、何者なんでしょう?
実は彼には「アンクル・サム(Uncle Sam)」という名前があります。と言っても決して本名というわけではなく、アメリカの長い歴史の中で徐々に定着してきた通り名のようなものです。
このアンクル・サムは実在の人物ではありません。そしてポスターを描いたのはジェームズ・モンゴメリー・フラッグというイラストレーターです。
ここでは、世界一有名なアメリカ人?アンクル・サムのポスターと、彼が有名になった経緯についてご紹介します。

アンクル・サムとは

このアンクルサムが何者かという問題ですが、そもそもはアメリカ合衆国という国を擬人化する存在として生み出された架空のキャラクターです。いわゆる新聞の風刺画などで描かれる存在であり、風刺画家のジョルジュ・ビゴーが日本の象徴としてちょんまげのサムライを描くのと同じような扱いですね(詳しくは歴史の教科書をご覧ください)。
ただアンクル・サムについては単に外国目線でアメリカを皮肉った存在としてだけではなく、国内でも自分たちを象徴するイメージとして広く認められています。

1897年に描かれたアメリカによるハワイ併合のイラスト。

その出自は1812年の米英戦争中、アメリカ軍に食糧を納品していたサミュエル・ウィルソンなる精肉業者に起因すると言われます。ウィルソンは自分の納品した食料樽に「U・S(アメリカ合衆国)」と刻印していましたが、これを米軍兵たちは親しみを込めて「Uncle Sam(サムおじさん)からの贈り物だ」と呼びました。ここに後発で生まれたアメリカ人の擬人キャラクターが重ね合わせられてアンクルサムが生まれたのではないかと言われます。
ただし近年の研究では、1810年にはすでにU・S=アンクル・サムのもじりが使用されていたことが明らかになっており、今後出自が変化していくかもしれません。

サミュエル・ウィルソン

「I Want You for U.S. Army」ポスターの登場

このキャラクターを決定的な存在としたのが、上記のポスター「I Want You for U.S. Army」です。
1917年、第一次世界大戦中、アメリカは戦争参戦を呼びかけるためのプロパガンダキャンペーンを展開していました。その中で、アーティストのジェームス・モンゴメリ・フラッグ(James Montgomery Flagg)が描いた「I Want You for U.S. Army」のポスターが有名になりました。
このポスターは、白髭を蓄えた中年の「Uncle Sam」が指を差し出し、視線を直接見る観客に対して「私は君をアメリカ陸軍に欲している」と呼びかける姿が描かれています。ポスターには強烈な視覚効果と共に、愛国心と参軍の重要性を訴えるメッセージが込められており、アメリカ市民に強いインパクトを与えました。
このポスターは広く普及し、アメリカのアイコンとなります。戦争への参加や愛国心を喚起するための象徴的なポスターとして、多くの場所で展示され、新聞や雑誌で広く取り上げられました。また、ポスターのデザインが公式なアメリカ合衆国政府のプロパガンダに採用され、大きな影響力を持ちました。
James Montgomery Flaggの「Uncle Sam」のポスターは、そのデザインの優れた魅力と効果的なメッセージが合わさり、広く認知されるようになりました。現在でも、アメリカの国家的シンボルとして広く認知されており、国内外で使用されています。

太平洋戦争で日本を敵国とするプロパガンダ広告(1945)

ジェームズ・モンゴメリー・フラッグという男

ジェームズ・モンゴメリ・フラッグ(James Montgomery Flagg)は、アメリカの画家、イラストレーター、作家であり、20世紀初頭に活躍した著名なアーティストです。
1877年6月18日にニューヨーク市で生まれたフラッグは少年の頃から絵の才能に秀でており、12歳の頃からイラストを有料で提供し、14歳ですでに国民的人気雑誌「LIFE」の寄稿アーティストとして採用されていました。
その後ロンドンとパリで絵の勉強を積んで帰国し、プロとして活動を開始。絵画、イラストレーション、広告、ポスター、漫画など幅広く創作を展開しました。
そんなフラッグの運命は、1917年に制作された「I Want You for U.S. Army」のポスターで一変します。元々ポスターは米国政府のために制作した46点のうちの一つに過ぎませんでしたが、このアンクルサムのデザインだけは400万部を超える人気を博し、第二次世界大戦の際にもプロパガンダ広告として再び採用されました。

ジェームス・モンゴメリ・フラッグ

 

実はこのポスターは手間を省くため、アンクル・サムのモデルとしてフラッグ自身の顔が使用されています。図らずもフラッグは自分の作品のみならず自分自身の顔まで有名にしてしまったわけです。
かくしてアメリカで一番売れっ子のイラストレーターとなったフラッグは、その後も“新聞王”と恐れられた実業家ウィリアム・ランドルフ・ハーストのお気に入りになるなど、長らく絵の仕事で活躍を続けました。また上流階級でコネクションを作り、彼らの肖像画なども手がけています。

しかし晩年は視力が低下して仕事が激減し、周囲の人間に不満をぶつけるようになっていたようです。次第に病気がちにもなり、失意の中1960年5月27日に亡くなりました。
彼の作品はその人気と影響力から、今日でも広く認知されています。フラッグのアートはアメリカの歴史と文化の一部であり、特にプロパガンダアートの分野で重要な位置を占めています。