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2020.12.17

【今日の一枚】ハンス・ハーケ 社会批判とアート

今日の一枚

瓦礫がただ床に広がったような空間、真っ白いかべに浮かぶ「ゲルマニア」の文字。

ハンス・ハーケ「ゲルマニア」1993 第45回ヴェネツィアビエンナーレ インスタレーションビュー

この作品はドイツ出身の芸術家、ハンス・ハーケ(1932-)によって制作されました。ハーケは社会やアート業界の不正をアートで問題提起するポリティカル・アートや作品ができるまでの経過を可視化するプロセス・アートの象徴的な人物として知られています。「ゲルマニア」は93年、現代芸術の祭典ヴェネツィアビエンナーレで発表され金獅子賞(最高賞)を獲得した作品。本作は彼の名を世界に知らしめた作品ですが、ただ瓦礫を無作為に並べたようにも見えます。ここにはどのような意図が隠されているのでしょうか。

今回は「ゲルマニア」の作品によってハンス・ハーケが示したものを【作品について】と【ハンス・ハーケとは】に分けて解説していきます。

作品について

結論からお伝えするとこの作品は「破壊」と「再生」を表しています。

ハンス・ハーケ「ゲルマニア」1993 第45回ヴェネツィアビエンナーレ インスタレーションビュー
ハンス・ハーケ「ゲルマニア」1993 第45回ヴェネツィアビエンナーレ インスタレーションビュー ドイツパビリオン正面

ハーケはドイツパビリオンに敷かれていた大理石を床を引き剥がし、瓦礫となった大理石をそのまま空間に配置しました。来場者は会場に入ることができ、歩くたびに瓦礫の擦れる音が会場中に響いていたといいます。入り口にはヒトラーの写真が飾られ、その上にはドイツマルクのオブジェが展示されていました。

ハーケは特定の都市や歴史、状況にスポットを当て作品制作を行うことが特徴です。本作には彼の特徴が顕著にあらわれたものとなっています。「ゲルマニア」は、ヴェネツィアビエンナーレの慣習を通じてドイツの歴史を批判的に表現する事に成功した、コンセプチュアルアートの良い例として認知されています。

ヴェネツィアビエンナーレは、イタリアのヴェネツィアで1895年から開催されている現代美術祭典です。この展覧会は国単位で作品が出品され、それぞれの国が自国のパビリオンを構えて代表作家の展示を行います。ヴェネツィアヴィエンナーレの慣習では、パビリオンはヴィエンナーレ終了後も、取り壊されることなく次回も再利用されます。各国のパビリオンは建てられた時期によって様式が大きく異なり、古典から近代、現代建築が隣接した地域に混合して立てられています。ハーケが1993年に展示をしたドイツ館は1938年のエルンスト・ハイガーの設計によって建てられました。このドイツパビリオンでは古典様式が採用されてます。

ハーケはここに着目し、かつてのドイツ精神の破壊を試みました。古典様式の建築はヒトラーが政権を握っていた時代を象徴する建築様式であり、床に敷かれた大理石はヒトラーが好んで使用させた素材でもあります。ドイツ館はドイツで生活する人々にとっていわゆる負の遺産そのものだったのです。ドイツでは90年ごろ、すでに東西の再統一が実現し、新しいドイツ国家に向けての形成が行われていました。しかしヴェネツィアのパビリオンは当時と変わる事なくヒトラーによって建てられた建造物が使用されています。その一部を引き剥がし破壊することで、ハーケはナチズムに対しての批判を示しました。ハーケの作品の多くはある特定の文化の中で生活する人々にとっては、一目で意図を見抜けるようなものとなっています。ヴィエンナーレでは、ドイツの人々でなくとも直感的に空間の意味合いを理解できるように、入口にヒトラーの写真を展示したのだと考えられます。また、入り口上部には実際の硬貨と同じデザインのドイツマルクのモニュメントが飾られ、そこにはヒトラーが夢に描いた「世界首都 ゲルマニア」はすでになく、東西が一つになった新しいドイツ国家のイメージが掲げれられました。ここでハーケによって示された視点や問題提起がセンセーションを引き起こし、当時の印象は今なお語り継がれています。

ハンス・ハーケ「ゲルマニア」1993 第45回ヴェネツィアビエンナーレ  ドイツパビリオン正面に展示されたヒトラーの写真とドイツマルクのオブジェ

 

ハンス・ハーケとは

こういった彼の作品には、ドイツ人としてのアイデンティティが色濃くに現れています。彼はケルンに生まれ、ドイツで美術教育を受けました。本格的に作品発表をするようになったのは1960年代初頭からです。社会やアート業界の不正を暴くような作品を発表し、美術館側から展示を拒否されたことからもわかるように、彼は芸術界の外側の人間と自身を位置付けていました。当初は自然から発生する力学的な視点から作品制作を試みていましたが、次第に作品には社会性が強く現れるようになっていきます。その背景にはドイツで生まれ育ち、激動の歴史を近い場所で見てきたことが深く関わっていたと、後にハーケは語っています。ドイツには人種差別、虐殺を国家制作とした時期があったことは広く知られています。ハーケは負の歴史を身近に感じてきたからこそ歴史に見た惨事と似通った事柄には強い反応を示し、時には物議を醸すほどの作品で世の中に問題を投げかけているのです。

ハーケのような問題提起型のアートは、今では一部に留まらず、特に現代のドイツアーティストの中では日常的に見られるものになったといわれています。ドイツはナチス・ドイツ政権下第二次世界大戦の敗戦、東西分断と統合のなどの複雑な歴史を抱え、現在では難民の受け入れや政治や経済で様々な問題を抱えています。それによって自らの見解や立場を作品によって示すことが、現代アーティストとしてのあり方と捉えられています。社会を俯瞰し、問題を投げかける現在アーティスト達の動きが活発化すると共に今日ではハーケの作品に一層の注目が注がれています。

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