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2024.07.06

【今日の一枚】キャンバスを切り裂いただけで45億円… ルーチョ・フォンタナ「空間概念 待機」1960

2024年4月、イタリアの芸術家ルーチョ・フォンタナの作品が約45億円という驚異的な額で落札され、アート界で大きな話題となりました。
フォンタナはキャンバスを切り裂くというシンプルかつ大胆な手法で第二次世界大戦後の芸術史に大きな影響を与えた人物です。なぜこの「切り裂き行為」が、単なる破壊行為を超えて芸術の歴史に大きな影響を与えるまでに至った
のでしょうか?本記事では、その背後にある意味と革新的な思想を解説して参ります。
(なお、本記事で扱う作品は、2024年4月に落札された作品ではありません。ご注意ください。)

【ルーチョ・フォンタナの芸術的背景】

 

ルーチョ・フォンタナ (ローター・ヴァレー撮影)引用:Wikicommons

ルーチョ・フォンタナ(1899 – 1968)は、20世紀後半に革新的な表現をもたらしたイタリアの芸術家です。

1899年にアルゼンチンで生まれ、父親も彫刻家であったことから、幼少期から芸術に興味を持ちました。ミラノに移住し、ミラノ美術アカデミーで彫刻を学んだ彼は、初期の作品では伝統的な彫刻技法を用いていました。しかし、次第に絵画と彫刻の境界を超えた新しい表現方法を模索し始めます。

フォンタナは、「キュビスム」や「抽象芸術」、「未来派」など、20世紀初頭の前衛的な芸術運動から大きな影響を受けました。1927年頃、彼がイタリアに渡った際には、前衛芸術が各地で活発に展開されており、フォンタナもこれらの影響を受けて新たな表現を探求する道へと進みました。

そして1946年、フォンタナは「空間概念(Concetto Spaziale)」という新しい芸術理論を発表することとなります。
この理論は、キャンバスや彫刻の表面を切り裂くことで新たな「空間」を創り出すというものでした。これにより、彼は平面上に三次元の空間を生み出し、従来の芸術の枠を超えた新しい表現の可能性を追求しました。彼の理論と作品は、物理的な素材と空間の関係を再考させ、芸術の可能性を大きく広げるものでした。

発表当初は「単なる破壊行為」と否定されましたが、現在では新しい空間の創造と解釈され、芸術表現を拡張した作品として評価されています。

フォンタナの最大の功績は、物理的なキャンバスの制約を超えて、芸術に新しい次元を加えたことです。キャンバスを切り裂く行為は、平面上に新たな空間を創り出し、観客に新しい視点を提供しました。この手法は、後のコンセプチュアル・アートやミニマル・アートに大きな影響を与え、現代芸術の発展に寄与しました。

「空間概念 待機」1960

ルーチョ・フォンタナ「空間概念 待機」1960

それでは【今日の一枚】「空間概念 待機」(Concept Spatiale “Waiting”)を見ていきましょう。
本作はフォンタナが1960年に製作した「Concept Spatiale」(空間概念)シリーズの中の一作であり、このシリーズを通してフォンタナは革新的な芸術表現を行なった人物として認知されました。このシリーズを通して、フォンタナはキャンバスを切り裂くという斬新な手法を用いることで、芸術の新たな可能性を探求しました。

このシリーズの製作するプロセスはただキャンバスを縦方向に切り裂いただけです。
同シリーズの他の作品はキャンバスの色が違ったり、切り込みの数や方向に違いがありますが、ただキャンバスを切り裂いて製作するプロセスは同じです。

ではなぜ彼はこのような行為を芸術作品に反映させたのか。

フォンタナの意図は、キャンバスを切ることで二次元の平面を越え、背後にある無限の空間を示唆することにあったとされています。これは単なる物理的な切断行為ではなく、見えないものへの探求、そして未知の領域への挑戦を象徴しています。フォンタナは、この行為を通じて、観客に見えるものと見えないものの間に存在する「無限の可能性」を考察するよう促しました。

彼は彫刻から芸術を学んだ背景を持ち、物理的な素材を扱う技術と感性を持ち合わせていました。キャンバスに切り込みを入れるという行為は、まさに彫刻的なアプローチとも言えるものであり、平面上に存在する二次元の制約を打ち破り、三次元の空間、さらにはその背後に広がる無限の空間を観客に示唆する試みだったのです。

前述したようにフォンタナは1946年から「キャンバスを切り裂く作品」を制作し始めました。この時はまさに戦後直後であり、復興へ向かう中で芸術家たちがこれまでより一層、新たな芸術の表現を模索していた時でもあります。フォンタナの作品は、その時代における最先端の表現として、多くの人たちを驚かせ、そして挑発しました。彼の作品にある切り込みは、単なる物理的な行為ではなく、戦争の傷跡と再生の象徴とも捉えられ、見えないもの、未知なるものへの挑戦としての意義を持っていたともされています。

フォンタナは1947年、新しい芸術を求める仲間と共に「Movimento Spaziale」を結成し、自身の理論「Spazialismo」(空間主義)を提唱しました。伝統的な絵画や彫刻の枠を超え、空間、光、動きを取り入れた新しい芸術形式を追求しました。フォンタナはキャンバスに切り込みを入れる、さらには穴をあけるという行為を繰り返し、1968年に亡くなるまで「Spazialismo」(空間主義)を追い求めました。

【今日の一枚】「空間概念 待機」(Concept Spatiale “Waiting”)1960 は、「Spazialismo」(空間主義)が円熟期を迎えた頃に製作された作品です。
この時期には、「何を描いたのか」「どう作ったのか」を超えて、「その作品にはどのような意味が与えられたのか」「どのような意味を作り出せるのか」という側面に芸術的価値が見出されるようになっていました。
フォンタナの作品は、物理的な境界を超えて新しい空間の可能性を探求することで、その後のコンセプチュアルアートやミニマルマートに多大な影響を与えました。
この切り裂かれた跡は、新たな表現を求め続けたフォンタナの表現であると同時に、フォンタナの思考プロセスの跡でもあるのです。

 

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