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2022.08.10

日本人が知らない画家vol.2 “哀しきピエロ画家”アルマン・ヘンリオン

今回は「日本人が知らない画家」第二弾として、ベルギーの画家アルマン・フランソワ・ジョゼフ・ヘンリオン(Armand Henrion 1875-1958)をご紹介します。

赤い帽子の自画像(1900-1930?)

“アルマン・ヘンリオン”と言われて、すぐにピンと来る日本人はおそらくほとんどいないかと思います。前回アルフレッド・クービンをご紹介しましたが、はっきり言って知名度の無さで言えばクービンをはるかに凌ぐことは間違いありません。それは日本に限ったことではなく、世界的にも今やほとんど知られない芸術家の一人と言えるでしょう。実際、世界的な美術紹介サイト「Obelisk」においても、「まるで歴史が存在した記録を抹消するかのような扱いを受けている芸術家」と評しています。

ヘンリオンは1875530日、ベルギーのリエージュで生まれました。彼がどのように芸術を学んだのか詳細は定かではありません。しかし展覧会の記録によれば、ヘンリオンはベルギーのサロンで画家活動を開始した後、パリに移住してフランスのサロンに多く参加したようです。彼はそのままパリを拠点にベルギー表現主義の一員として絵画活動を続け、1958年に亡くなりました。
彼の作品は、ご覧のように非常に特殊であり、多くの人にとってはおぞましいと受け止められるのではないでしょうか。そしてその理由の大半はそのモチーフ、つまりピエロを描いたということに起因します。以下に彼の作品をご紹介しますが、どれもこれもピエロばかり。実際、彼が生涯で描いた作品のほとんどがピエロで占められているのです。

黄色い帽子の自画像(1900-1930?)

 

ピエロの自画像(1900-1930?)

 

緑の帽子の自画像(1900-1930?)

いかがでしょうか? まるでピエロの百面相です。思わず「気味が悪い」と思われた方もいるのではないでしょうか。

実は現代社会では、ピエロを嫌悪する傾向にあります。ピエロやパントマイムの蒼白い顔はホラー・メディアの常套句となり、アニメやドラマで悪役として登場することも少なくありません。さらにはこうした世相を反映してか、近年では道化師恐怖症という心理的症状まであるのです。

確かにピエロは、白塗りメイクにだぶだぶのコスチュームで表情や正体が隠されるため、得体の知れない印象を抱かせます。一見愉快で友好的なピエロが裏に恐ろしい本性を隠していたとしたら、そのギャップは大きなトラウマを与えることでしょう。

こうした発想の元凶と考えられるのが、アメリカの殺人犯ジョン・ウェイン・ゲイシーです。彼は地元でのボランティアとしてピエロの仮装をする有名人だったため、メディアはこぞって「殺人ピエロ」として彼の事件を取り上げ、悪い意味で社会現象にまで発展してしまいました。結果、スティーブン・キングの「IT」など彼をモデルとしたホラー・メディアが爆発的に放出されてしまったのです。

現代においてヘンリオンの作品が顧みられなくなったのも、こうしたピエロに対するイメージの悪化と直結していると考えられます。とくに彼の場合、創作のほとんどがピエロであり、しかも極めてリアルな描写で表現されていること、さらにそれが自画像であるということも大きく影響しているのかも知れません。

ジョン・ウェイン・ゲイシー

 

「IT」(1986年)初版の表紙

ただし忘れてはいけないのが、こうしたピエロのイメージ悪化がヘンリオンの死後に起こった出来事だということです。

事実、ヘンリオンの生きた世紀末においては、ピエロは嫌われ者のパフォーマーではありませんでした。そもそもピエロ自体もサーカスよりは演劇――コメディア・デラルテ(イタリアの即興喜劇)の登場人物としての色合いが強かったことを理解する必要があるでしょう。そこに登場するピエロは、美しい召使の娘コロンビーナの愛をいつまでも待ち望む、悲しいピエロの元祖のようなキャラクターでした。ピエロは1665年にモリエールの『ドン・ファン』に初めて登場し、その後200年にわたって何度も繰り返し登場し、シニシズムを怠惰とユーモアで覆い隠した孤独な愚か者という典型に進化していきました。ヘンリオンが初めてピエロを見たのは、おそらくフランスの伝説的なパントマイマー、ポール・ルグランと考えられます。

ポール・ルグラン (1816-1898)

ヘンリオンの作品は、ピエロに扮した近接した自画像で構成されています。キャンバスの中の彼は、時にタバコを吸い、時ににやにやしたりウインクしたり、まるでピエロとしてのメイクを楽しんでいるかのようです。

陽気な振る舞いの裏側で密かにヒーローを務めたり、時に叶わぬ恋に身を焦がす、そんなダンディズムに溢れるピエロへの憧れこそが、ヘンリオンの創作の原動力だったのかも知れません。

残念ながらピエロの存在と共にブラックリストへと葬られつつあるヘンリオンですが、彼は現在もキャンバスの中でおどけた顔を見せています。そんなニヒリズムの美学もまた、彼の時代のピエロらしさでもあるのではないでしょうか。

タバコを吸う自画像(1900-1930?)

 

【日本人が知らない芸術家】アルフレート・クービン