ARTMEDIA(TOP) > 【今日の一枚】真の抽象絵画の先駆者?? ヒルマ・アフ・クリント「The Ten Largest, No. 2, Childhood」

2024.02.16

【今日の一枚】真の抽象絵画の先駆者?? ヒルマ・アフ・クリント「The Ten Largest, No. 2, Childhood」

「The Ten Largest, No. 2, Childhood」1907 (Wikart.orgより引用)

今回の【今日の一枚】シリーズでは、スウェーデンの女性画家であり、近年大きな注目を集めるヒルマ・アフ・クリント(Hilma af Klint)の作品「The Ten Largest, No. 2, Childhood」(和訳:最も大きな10点 No.2 幼少期)を解説して参ります。

彼女の作品がなぜこれほどまでに注目を浴びているのか、その理由は美術史における彼女の位置づけによって今後「美術史を塗り替える可能性がある」ためです。
その理由の一つは彼女が抽象画の先駆者として知られるワシリー・カンディンスキーよりも早く抽象画に取り組んでいたことにあります。さらに美術界が長らく男性優位であったことを考えると、彼女のような女性画家の再評価は、性別による芸術界の偏見を見直すきっかけとなることが考えられます。これまでの美術界で高い評価を得た芸術家たちのほとんどは男性であったため、彼女のような存在は非常に貴重な存在と言えるでしょう。

今回は、彼女の代表作の一つである「The Ten Largest, No. 2, Childhood」に焦点を当て、この作品が彼女の人生にどのような意味を持つのかを探って参ります。

ヒルマ・アフ・クリントとは?

ポートレート 1900年代初期 (Wikipediaより引用)

作品の解説をする前に彼女の人物像から見ていきましょう。
ヒルマ・アフ・クリントは、スウェーデン出身の芸術家で、抽象芸術の先駆的表現者として近年大きな注目を集めています。

1862年に海軍将校の家庭に生まれた彼女は、幼少期から芸術への才能を示し、ストックホルムの王立美術アカデミーで美術を学びました。そこで描画、肖像画、風景画などの伝統的な分野で高い技術を習得しましたが、彼女の興味はやがて目に見えない世界や説明できない精神世界へと向かっていきます。
妹の早すぎる死は彼女にとって人生の転機となり、その後は神秘主義やテオソフィー(神智学)、アントロポゾフィー(人智学)など、霊的な進化や内面的成長に関する思想に深く傾倒していくこととなります。この思想は、彼女の表現に大きな影響を与え、独自の抽象的な表現を生み出すきっかけとなりました。
1900年代初頭、アフ・クリントは同じような思想を持つ4人の女性芸術家と「5人(De Fem)」というグループを結成し、以降彼女の表現はさらに深くなっていきます。
特に注目すべきなのは、「最も大きな10点」シリーズと呼ばれる作品群で、人生のさまざまな段階を大きなキャンバスに描いたものです。このシリーズには、深い二元性や精神的な概念が込められており、彼女の作品の中でも特に重要な位置を占めています。
しかし彼女の作品は生前、主にプライベートな環境でのみ展示され、限られた人々にしか知らせていませんでした。
それはアフ・クリント自身が自分の作品を時代を先取りしすぎていると感じ、社会に受け入れられないと考えていたためです。彼女は自分の死後20年が経過するまで作品を公開しないように遺言を残したといいます。
アフ・クリントの死後、彼女の作品は長い間公開されることがなく、表舞台に現れることはありませんでした。
しかし近年になって評価が高まることとなり、特に2019年にソロモン・R・グッゲンハイム美術館で行われた展示会は、彼女の作品と美術史における彼女の位置を見直す大きなきっかけとなりました。その後も海外でたびたび大きな展覧会が開催され話題を呼んでいます。2024年はドイツのデュッセルドルフのノルトライン=ヴェストファーレン20世紀美術館で、「Hilma af Klint and Wassily Kandinsky Dreams of the Future」という展覧会が開催される予定となっており、今後もアフ・クリントへの評価が高まっていくことが予想されます。

ヒルマ・アフ・クリントは作品を通して抽象芸術の起源を探るだけでなく、人間の内面と外界との関係、見えない力への信仰と探究心、そして時代を超越した芸術の価値への探求を示しています。

【今日の一枚】ヒルマ・アフ・クリント「The Ten Largest, No. 2, Childhood」

「The Ten Largest, No. 2, Childhood」1907 (Wikart.orgより引用)

それでは今回のテーマ、The Ten Largest, No. 2, Childhood」(和訳:最も大きな10 No.2 幼少期)の解説をしていきます。

本作はアフ・クリントの代表的なシリーズ「The Ten Largest」の中の一つで、1907年に描かれました。さまざまな大きさの円が画面いっぱいに描かれており、これらの円はまるで生きているかのように浮かんだり沈んだりしているような動きを感じさせます。色や形は柔らかく有機的なもので、宇宙の広がりや微生物の世界を同時に連想させるようなデザインが印象的です。これらの要素はタイトルが示すように「幼少期」の純粋さや無垢な状態を表現していると考えることができます。
本作を同シリーズの他作品と比較すると円の形はよりシンプルに描かれているように感じられ、全体の色彩は非常に淡いことが分かります。これは幼少期のシンプルさや明るさを象徴しているとも解釈できます。

「The Ten Largest, No.1, Childhood」1907(Wikart.orgより引用)
「The Ten Largest, No. 3, youth」 1907(Wikart.orgより引用)

「The Ten Largest」シリーズは抽象芸術の最初期の例の一つとして、カンディンスキーやモンドリアンといった抽象芸術家たちよりも先駆けて描かれました。本シリーズは、幼少期、青年期、成人期、老年期という人生の四つの段階を表わしており、各段階は大画面のキャンバスで表現されています。それぞれの作品は縦3メートル横2メートルを超える大きさで、アフ・クリントの壮大なビジョンと野心を物語っています。
幼少期をテーマにした作品群では、鮮やかな色彩と有機的な形態が渦を巻くように描かれ、人生の最初の段階における無邪気さや好奇心、遊び心を表現していると解釈されています。
一方、青年期の作品群では、幾何学的な形状とより複雑な形状が現れ、成長の過程で直面する複雑さや課題を反映しているかのようです。
成人期の作品群ではそれぞれのモチーフがさらに複雑化し、人生の豊かさや責任、さまざまな人生の道の交錯を示しています。色彩は大胆かつ繊細で、深みと成熟を暗示していると捉えられます。
そして老年期を描いた作品群では、幼少期と似たような流動的で抽象的な形状への回帰が見られ、物理的な世界を超えた精神的なものへの昇華を示唆しています。
アフ・クリントの「The Ten Largest」シリーズは、前述した通り彼女の精神的信念と神智学や人智学への影響を大きく反映しています。彼女は自らの作品によって見えない世界や複雑な精神的な概念が表現可能であることを信じていました。
「The Ten Largest」シリーズでは、人生の異なる段階を通じて人間の精神がどのように進化するかを描いたものであり「The Ten Largest, No. 2, Childhood」(和訳:最も大きな10 No.2 幼少期)はアフ・クリントの考える人間の初期の精神を示しているため、その後の段階を考察する際に大きな基準となる作品ということができます。

彼女は抽象作品をプライベートな空間でしか作品を公開しておらず、美術史の観点から彼女を見た場合、彼女に対しての評価は大きく分かれるでしょう。しかし、20世紀初頭のスウェーデンにこれまでの美術界にはない表現で自身の世界を表現しようとした一人の女性画家がいたという事実は見逃すことはできません。

 

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