ARTMEDIA(TOP) > 【今日の一枚】アンドリュー・ワイエス「クリスティーナの世界」

2021.01.16

【今日の一枚】アンドリュー・ワイエス「クリスティーナの世界」

今日の一枚「クリスティーナの世界」

皆さんはこちらの作品をご存知でしょうか。

こちらはアメリカのリアリズムの画家アンドリュー・ワイエスの「クリスティーナの世界」1948年(81.9 cm × 121.3 cm、テンペラ)です

こちらの作品は教科書にも載っているのでご存知な方も多いでしょう。日本でも何回か展覧会が開催されていますし、ワイエスはアメリカで国民的画家として絶大な人気を誇っています。今日の一枚「クリスティーナの世界」はそんなワイエスの最も有名な作品の一つです。

アンドリュー・ワイエス

アンドリュー・ワイエス ポートレート

それでは作品の解説に入る前に、アンドリュー・ワイエスがどのような人物であったかをご紹介しましょう。

アンドリュー・ワイエス(Andrew Wyeth,1917-2009)は20世紀のアメリカを代表するリアリズムの画家です。田舎に生きる人々を詩情豊かに描いた彼の作品は、世界中で高い人気があります。ワイエスは挿絵画家の父の下、幼少の頃から絵を描くことを日常的に行っていました。しかし彼は病弱だったことから、学校に通うことができず正規の美術教育も受けていません。そのため技術面は父から学び、画家としてのキャリアは、二十代前半で父のアトリエで仕事をすることから始まっています。ほとんど独学にも関わらずの彼の展覧会は早くから人気を博し、その実績からアメリカのアカデミックな芸術界でも評価を獲得していく事となりました。以降も人気は右肩上がりで、戦後の抽象表現主義やポップアートが台頭した時代においてもワイエスの存在は絶対的な影響力を持ち、生涯アメリカ芸術界の第一線で活躍し続けました。2007年には当時のアメリカ大統領ジョージ・ブッシュから芸術勲章「National Medal of Arts」を授与されたことを始め、数々の勲章を受賞するなど名実ともにアメリカを代表する作家となりましたが、2009年、91歳で生涯に幕を閉じました。

ワイエスの活躍した時代、特にアメリカの芸術は目まぐるしく芸術のスタイルが変わる激動の時代でしたが彼は一貫して自身のリアリズムを追い求めたことで知られています。彼の作品には現実と幻想が併存し、その作品のほとんどがペンシルベニア州フィラデルフィア郊外のチャッズ・フォードと別荘があったメーン州のクッシングで描かれました。「魔術的」と評される技法によって描かれた身近な風景やそこに暮らす人々の日常は、まさにワイエス独自のものであり、彼の作品は「マジックリアリズム」として今日まで多くの人を惹きつけいています。

クリスティーナの世界について

「クリスティーナの世界」1948年(81.9 cm × 121.3 cm テンペラ)

改めて今日の一枚「クリスティーナの世界」を見ていきましょう。

手前の女性(クリスティーナ)が奥の建物を見つめているという構図で描かれています。乾いた空気、色彩の中で、女性には光があたり、ピンクのワンピースの色がひときわ鮮やかに感じられるでしょう。華奢な女性の両足は地面に力なく置かれているように見える一方で、両腕には力が込められ、体を腕で支えているように描かれています。ワイエスはこの作品にどのような意図を込めたのでしょうか。

研究者の間では、「クリスティーナの世界」には、障がいを持つ女性が強く生きる姿が描かれていると解釈されています。実はここに描かれているのは、クリスティーナ・オルソンという筋肉疾患を患っていた実在の人物です。彼女は歩くことができず、日常的に両腕の力だけで移動していました。障がいを持ちながらも身の回りのことを自身の力だけでやってのけるクリスティーナの姿に心打たれたワイエスは、自宅を目指す彼女の姿を目の当たりにして、それを作品の中に表現しました。しかしこれはクリスティーナの実際の肖像とは異なるようです。当時彼女の年齢は55歳だったことがわかっています。あえて若々しい女性を描くことで、ワイエスは主題をクリスティーナから「全ての女性」に拡大して解釈をしたのではないかと考えられてます。

「肉体的には制限されているが、精神的には決して制限されていない」というワイエスの言葉からも分かるようにクリスティーナに対しての深い敬意を感じさせる作品であると同時にそれは多くの人にとって非常に強い希望を感じられる作品です。

この作品には、ワイエスがヒューマニストとしても知られているように彼の人間性が強く表われています。彼が少年時代を過ごした戦前戦後のアメリカでは、人種差別などが日常的に行われていた時代です。しかしワイエスは人種に関係なく平等に接していたとされ、それはたとえ障がいを持っている人の前でも変わりませんでした。それを示すように障がい者や黒人を題材として描いた作品には彼の強い敬意が感じられます。だからこそ「クリスティーナの世界」には彼の強い意思や感動を感じられるのでしょう。

ワイエスはこの他にも「1946年冬」や「海からの風」、ヘルガシリーズなど多くの代表的な作品を残しています。それらの作品はどれも綺麗や美しいだけに収まらないような「これってどういう意図があるのだろう」と考えさせられるものばかりです。作品ごとによって異なるワイエスの意図を探ってみてはいかがでしょうか。

 

関連記事

【今日の一枚】ハンス・ハーケ 社会批判とアート