2022.06.28
【今日の一枚】フリードリヒ「夕日の前に立つ女性」
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【今日の一枚】フリードリヒ「夕日の前に立つ女性」
日本では無名? ドイツの巨匠が遺した小さな傑作
国立西洋美術館(東京・上野)で開催された展覧会「自然と人のダイアローグ」では、これまで日本人にはあまり馴染みの無かった画家たちの作品が多数紹介されています。中でもフリードリヒはドイツ美術史を語る上で欠かせない人物ですが、日本では驚くほどにその名は知られていません。本展で本邦初公開となった「夕日の前に立つ女性」は彼の絵画表現を象徴する作品であり、今回はこの一枚を通じて画家フリードリヒをご紹介していきたいと思います。
フリードリヒについて
石鹸・蝋燭業を営む一家の下、10人兄弟の4男として生まれたフリードリヒですが、次々に母親や兄弟姉妹に先立たれています。13歳の時にはスケート遊びをしていた時に川で溺れ、救助に来た5男クリストファーが逆に水死するというショッキングな事故に見舞われました。フリードリヒはこのことで長年自分を責め続け、うつ病を患い自殺未遂を起こしています。これらのことは生涯にわたって彼を苦しめ、画風や人格に大きく影響を与えることとなりました。
そんな過酷な生い立ちを送ったフリードリヒの作品は、その大半が孤独と静寂に満ちた風景画で構成され、宗教的意味合いを含みます。これは明確な死の暗示であり、モチーフとして廃墟や墓地が度々用いられたことも無関係ではありません。また登場人物はいずれも後ろ姿で描かれていますが、彼らも私たちと同じように画中に展開する自然の風景に見入り、その神性に打たれているためだと考えられています。しかし、部屋にいる人物も背中を向けているので、単に正面から描くのが面倒だっただけかもしれません。
作品について
改めて「夕日の前に立つ女性」を見ていきましょう。
朱色に染まる山野が広がる風景に後ろ姿の女性が1人、手を広げて立っています。この女性のモデルは、1818年に結婚した妻カロリーヌで間違いないと考えられています。19歳年下の美しい妻カロリーヌをフリードリヒは深く愛し、本作以外にも彼女をモデルとした作品をいくつも発表しました。後ろ姿の人物が登場する作品は珍しくありませんが、このように作品中央に配された例は珍しく、とくに動きのある様子で描かれた例は本作を除いて他にありません。またこの女性が着ているのはドイツの伝統的ドレスで、フリードリヒの絵画では、この服装が1819年のカールスバッド決議以降のデマゴーグの迫害に対する抵抗を示すものとして使用されていることが画家本人の言葉によって証明されています。
というのも本作は生涯にわたってフリードリヒが手元に所有し、作者没後に初めてその存在が明らかになった作品なのです。フリードリヒ自身も生前この作品について言及したことはないため、未だ正しい題名すらわかっていません。
そうなると表題の「夕日」は、にわかに「朝日」である可能性が出てくるわけです。元々のフリードリヒの表現世界を考えれば、夜=死のイメージを暗示する夕方の方がふさわしいように思えますが、果たして若い新妻をモデルにしてそんな不吉なイメージを表現するでしょうか? 東京藝術大学の杉山あかね氏は、女性の子どもが宿る腹部と、生命の源である太陽の位置が画面の中央にあることを指摘し、ラファエロ・サンティ「システィーナの聖母」に影響を受けて製作されたとされる「小さい朝」に描かれたアウローラが母の像であり、その『小さい朝』やアルブレヒト・デューラーの『星の冠を被った聖母』から構想を得て、フリードリヒが本作で子どもを宿した母を表現したとする解釈を示しています。ドイツでもこの議論は未だ対立しており、ドイツの美術史家ラインハルト・ツィンマーマンによれば、1974年以前に発表された30解釈のうち26解釈は太陽が昇ることを前提とし、以降は2つの意見がほぼ均衡を保っていると言います。
いかがだったでしょうか? 展覧会「自然と人のダイアローグ」は9月11日まで上野・国立西洋美術館で好評開催中です。フリードリヒの作品が来日する機会は極めて少なく、中でも「夕日の前に立つ女性」は代表作の一つとなっています。ぜひこの機会に実物を見て、みなさんそれぞれの印象と解釈を見つけていただければと思います。
展覧会公式サイト
「自然と人のダイアローグ」
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