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2024.03.29

【今日の一枚】永遠に問題作であり続ける バルテュス「夢見るテレーズ」

【今日の一枚】で取り上げるのは、近代美術のなかでも特に論争の的となっている作品、バルテュスの「夢見るテレーズ」(1938)です。
時を超えてなお、様々な議論を引き起こすこの作品は、名作と呼ばれると同時に”問題作”でもあります。
本記事では「夢見るテレーズ」はどのような作品で、なぜ現代においてもその魅力と論争が色褪せることなく続いているのか、作品の魅力と現代社会での受容と議論を深掘りして参ります。

バルテュス「夢見るテレーズ」の特徴

夢見るテレーズ 1938

1938年にバルテュスによって描かれた「夢見るテレーズ」は”問題作”であると同時に、時代を超えて多くの人を魅了し続ける作品です。
なぜこの作品は賛否を呼ぶ議論の対象となっているのか。それは「夢見るテレーズ」に漂う”危うさ”や”謎めいた”雰囲気にあります。
本記事の解説を読み終わったあと、きっとあなたは、この作品をどのように見ればいいか余計わからなくなるはずです。どう見ていいかがわからない。けど目が離せない。そんな感覚に陥ってしますような作品です。

「夢見るテレーズ」はバルテュスの作品群の中でも、特に有名な作品として広く認知されています。
本作には、深い沈思にふけるテレーゼの姿が描かれており、彼女が内面世界へと入り込んでいる姿が繊細に描かれています。
テレーズは非常にリラックスした様子で椅子に深く腰を下ろして、目を閉じ、現実世界から切り離された夢想の空間にいるかのようです。彼女の手が頭の後ろで組まれている姿勢は非常に無防備で、外部の世界を遮断した彼女だけの個人的な空間が強調されています。
また本作の背景は意図的にシンプルに保たれており、テレーズの鮮やかな赤いスカートや靴に視線が集まるよう工夫されています。さらに光と影もその効果を一層強く映し出しています。テレーズの顔と体に優しく当たる光は、彼女の輪郭と存在感を際立たせ、同時に影の柔らかさが彼女の無邪気さと脆さを強調しているように感じられます。
バルテュスの「夢見るテレーズ」における真髄は、彼の画面構成の巧みさにあります。テレーズのポーズ、背景の抑制された色彩、そして光と影の繊細なバランスが見事に調和し、観る者を彼女の静かで深遠な内面を見事に描き出しています。バルテュスは、見る者に対して視覚的な魅力を超えて、心理的な深みをも表現することに成功した画家です。「夢見るテレーズ」は鑑賞者がまるでテレーズの内的な世界に触れられることを可能にするような作品です。

しかし視点を変えて「夢見るテレーズ」を見てみると、本作にはセンシティブな題材が描き出されていることに気が付きます。
部屋の中でリラックスして、目を閉じるテレーズの姿は完全に私的な空間です。少女は無防備なポーズをとって、下着が露わになり、鑑賞者はそんな少女を盗み見るような視点から彼女を覗くこととなります。
そんな年端もいかない少女の姿を強調するように、背景と赤いスカート、靴の対比、彼女に当たる柔かい光が描かれているのです。
このテレーズは実在した人物で、テレーズ・ブランシャールというバルテュスの近所に住む12歳(〜13歳)の少女です。テレーズは1936年からの3年間にわたり、バルテュスの多くの絵画のモデルを務めています。
「夢見るテレーズ」はそんな少女であるテレーズの性の目覚めやバルテュスのフェティッシュを彷彿とさせる作品と捉えられているのです。

この点において本作は当時から今日にかけて美術史のタブーに触れ続けています。
一方では「独特な世界観を含む心理描写が素晴らしい」と賞賛されながらも、一方では「陰湿で偏ったフェティッシュが描かれている」と批判の対象となっています。

バルテュスの生涯と作品の特徴

バルテュスは、この問題作『夢見るテレーズ』を世に送り出したことで議論の中心になりましたが、その一方で、彼はフランスを代表する芸術家に位置づけられており、「20世紀最後の巨匠」としての評価を受けています。

バルテュス(本名:バルタザール・クロソフスキー・ド・ローラ)は、1908年にフランスのパリで生まれました。
彼の生涯は、美術に対する深い探究と、時に論争を呼ぶ作品で知られる多彩な経歴に彩られています。
若き日のバルテュスはルーヴル美術館で古典絵画を模写することから芸術への道を歩み始め、特にルネサンス期の巨匠ピエロ・デラ・フランチェスカの影響を強く受けました。独学で絵を学んだ彼は、古典的な技法と現代的な感性を融合させた独自のスタイルを確立しました。

バルテュスの作品は、その時代における美術の流行(シュルレアリスムや表現主義)から一線を画し、古典的な美を現代に再解釈することで独自の世界を作り出しています。彼の描く静謐で時間の流れが止まったような空間、神秘的で幻想的な雰囲気は、見る者を強烈に引き込む力を持っています。『夢見るテレーズ』を含む彼の作品の多くは、性的な暗示や倫理的な問題を含むことから議論を呼び、特に近代社会の文脈ではその表現内容が議題の対象となることも多くあります。
 

自画像 1940

バルテュスが「20世紀最後の巨匠」と称される所以は、彼が追い求めた美しさと人間探究の深さにあります。バルテュスは自らの内面と外界の関係を、独自の表現で探求し続けました。彼は形と色、光と影を巧みに描くことで、静謐で時に不穏な雰囲気を作り出します。それは、バルテュスが追求した「見えるものの背後にある真実」を探る試みであり、これはバルテュスの美術の根底に流れるテーマです。バルテュスの作品は、美術史における重要な位置を占め、後世の芸術家に大きな影響を与え続けています。

彼は生涯を通じて、芸術への情熱を失うことなく、自らの信念を貫きました。スイスのロシニエールで過ごした晩年も、創作活動を続け、2001年にこの世を去るまで、彼の作品は多くの人々に感銘を与え続けました。
晩年をスイスのロシニエールで過ごしたバルテュスは、2001年に92歳で世を去りましたが、その遺した作品は今なお多くの人々を魅了し続けています。バルテュスの芸術は、見る者に対して常に新たな発見と質問を提供しています。

「夢見るテレーズ」の撤去要請運動

バルテュスの名作『夢見るテレーズ』は、その公開以来、芸術界の枠を超えて激しい議論を巻き起こし続けています。
特に2018年、ニューヨークのメトロポリタン美術館における展示撤去の要請は、公の場でのアート作品の受容と表現の自由の境界線を問う運動を生み出しました。

この問題は、ニューヨーク在住の起業家ミア・メリル氏が、作品の撤去または性的な内容に関する注意書きの追加を求めるオンライン署名活動を開始したことに端を発しています。彼女は、現在の社会的な環境の中で未成年を性的な対象として描くことに対する不安を表明しました。この署名活動では、美術館が性的な内容を含む作品を展示する際に、その背景や意図についてより多くの説明を提供すべきだと主張しています。
活動の目的は、作品の撤去要求だけではなく、観客が作品を見る際に作品の背景を理解し、作家への理解を手助けをすることにあります。この運動は、「検閲」(主張者たちが、美術作品を公の展示から完全に排除したり、表現の自由を制限することを目的とすること)を目指すものではなく、むしろ美術品と公衆との間の対話を促進し、文化的な発展に寄与することを目的としていると主催者は述べています。

この問題に対して、メトロポリタン美術館(アメリカ、ニューヨーク)は、美術館の役割はあらゆる時代と文化における重要な作品を公開することにあり、アートは過去と現在を反映し、知識に基づいた議論を促進するための重要なメディアだと回答しています。美術館はこの件に関して、作品の撤去を予定しておらず、この騒動を対話のきっかけとみなしています。

この議論は、美術品の展示と公衆の受容の関係、さらに美術館が持つ社会的な責任についての広範な対話を引き起こしています。公の場で展示される美術品に対する異なる反応は、文化的な価値観や時代の変化を反映しており、アートが社会に与える影響の力を示しています。

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