2025.07.07
死を描いた絵画10選
Contents
- 1 ― 絵の中に息づく“終わり”と“生”のかたち ―
- 2 なぜ死の絵画は人々を惹きつけるのか
- 3 1《死の勝利》 ピーテル・ブリューゲル(父)/1562年頃
- 4 2《死の舞踏》 ハンス・ホルバイン(子)/1526年頃
- 5 3《ヴァニタスの静物》ハルメン・ステーンウェイク/1640年頃
- 6 4《悔悛するマグダラのマリア》 ジョルジュ・ド・ラ・トゥール/1640年頃
- 7 5《レディ・ジェーン・グレイの処刑》 ポール・ドラローシュ/1833年
- 8 6《オフィーリア》 ジョン・エヴァレット・ミレイ/1851年
- 9 7《死神と少女》 ハンス・バルドゥング・グリーン/1517年
- 10 8《死と乙女》 エゴン・シーレ/1915年
- 11 9《死の島》 アルノルト・ベックリン/1883年
- 12 10《生者の心における死の物理的な不可能性 The Physical Impossibility of Death in the Mind of Someone Living》ダミアン・ハースト/1991年
- 13 おわりに:死を描くことで、生を見つめる
― 絵の中に息づく“終わり”と“生”のかたち ―
古今東西の美術作品には、「死」をモチーフとした作品が数多く存在します。
奇妙な話ですが、昔から「死」にまつわる美術品は人気があり、時代の流れと共にパトロンと呼ばれる顧客の社会的地位や職業は変わっていったものの、彼らはいつの時代においても「死」をモチーフとした作品を求め続けてきました。
今回は、西洋美術を中心に“死”を描いた名画を10点、時代順にご紹介します。
なぜ死の絵画は人々を惹きつけるのか

死をテーマにした絵画は、人間の根源的な不安と宗教的救済への願望を表現する普遍的モチーフであり、歴史的に広く人気を集めてきました。その証拠に、16〜17世紀のヨーロッパでは「ヴァニタス画」が裕福な市民層に大量に注文され、オランダでは静物画の一大ジャンルを形成しました。また中世後期には「死の舞踏(ダンス・マカーブル)」が壁画や版画で広く流布し、教会や墓地に描かれることで民衆に死の平等性を説きました。こうした需要は美術市場や宗教教育の場での反復的な制作記録からも裏付けられます。死を描くことで、人々は恐怖を直視しつつ生の意味を問い直す機会を得たため、時代を超えて多くの共感と関心を集め続けてきたのです。
1《死の勝利》 ピーテル・ブリューゲル(父)/1562年頃
作者紹介: 16世紀ネーデルラント(現在のベルギー)を代表する画家。民衆の生活や寓意を緻密に描いた風俗画で知られる。息子もピーテル・ブリューゲルという全く同じ名前で、同じく画家としても活躍した。
所蔵: プラド美術館(スペイン)
技法: 板に油彩
黒衣の骸骨たちが戦車や武器を手に人間世界を蹂躙する、大画面のパノラマ絵画。死者は貴族も兵士も恋人たちも容赦なく連れ去り、画面には逃げ惑う人々の混乱があふれています。「死はすべてを平等に呑み込む」というメッセージを私たちに突きつけてくるのです。
2《死の舞踏》 ハンス・ホルバイン(子)/1526年頃


作者紹介: ルネサンス期ドイツの画家・版画家。宗教画や肖像画に優れ、ヘンリー8世の宮廷画家としても活動した。
所蔵: クンスト美術館(バーゼル)
技法: 木版画
骸骨が王や司祭、市民たちと踊る姿を小型の版画で描いた連作。ユーモアと皮肉、そして人間の無力さが織り込まれ、「どんな身分の人間も死からは逃れられない」という寓意は、今なお私たちに深い印象をもたらしているのです。
3《ヴァニタスの静物》ハルメン・ステーンウェイク/1640年頃
作者紹介: オランダ黄金時代の静物画家。ヴァニタス(空しさ)を象徴的なモチーフで構成する作品を多く残す。
所蔵: ロンドン国立美術館(National Gallery, イギリス)
技法: オーク材パネルに油彩
精巧に描かれた楽器や書物の傍らに、ぽつんと置かれた髑髏が人生のはかなさを静かに語ります。「どれほどの富や知識も、やがて失われる」という厳粛なメッセージが、美しい構図の中に潜んでいます。
作者のステーンウェイクも謎多き画家として知られ、彼のミステリアスな雰囲気と合わせて人気の高い作品です。
4《悔悛するマグダラのマリア》 ジョルジュ・ド・ラ・トゥール/1640年頃
作者紹介: フランス・バロック期の画家。蝋燭の明かりを巧みに使った宗教画・風俗画で評価される。
所蔵: ルーヴル美術館(フランス)
技法: キャンバスに油彩
薄暗い部屋で、ろうそくの灯りに照らされたマリアが物思いに沈んでいます。彼女の手元には髑髏が置かれており、それは彼女の過去と“死”を意味するもの。静謐な画面の中に、人生の儚さと再生の希望が同時に表現されています。
なおこのモチーフは人気を博したのか、他に3枚も描かれています。
5《レディ・ジェーン・グレイの処刑》 ポール・ドラローシュ/1833年
作者紹介: 19世紀フランスの歴史画家。劇的かつ写実的な歴史叙述で、当時のサロンで人気を博した。
所蔵: ナショナル・ギャラリー(ロンドン)
技法: キャンバスに油彩
白いドレスに身を包み、目隠しをされた少女が処刑台の前にひざまずく姿は、哀しさと気高さに満ちています。劇的な演出と写実的な描写で、“死の一瞬”を美しくも残酷に描いた歴史画です。
6《オフィーリア》 ジョン・エヴァレット・ミレイ/1851年
作者紹介: イギリスのラファエル前派を代表する画家。自然描写の精緻さと文学的主題の融合が特徴。
所蔵: テート・ブリテン(ロンドン)
技法: キャンバスに油彩
死をロマンティックに描いた典型例。シェイクスピアの戯曲『ハムレット』に登場するオフィーリアが、水に沈む直前の姿を幻想的に描いています。花々に囲まれ、浮かぶように横たわる姿は、一見安らかで美しくも、その背後には狂気と悲劇が静かに漂います。
7《死神と少女》 ハンス・バルドゥング・グリーン/1517年

作者紹介: ルネサンス期ドイツの画家。宗教・寓意・神話など多様な主題を、強烈な個性で描いた。
所蔵: クンストハレ・バーゼル(スイス)
技法: 板に油彩
裸体の若い女性の傍らに、骨と皮だけの死神が忍び寄る寓意画です。美と若さの象徴とされる少女と、それを奪う死の対比が、見る者に強烈な印象を与えます。死神は力ずくで彼女を抱こうとしており、恐怖とエロティシズムが共存する独特の空気を生み出しています。
ハンス・バルドゥングは、日本でこそあまり知られていませんが、ドイツ・ルネサンスにおける中心人物の1人であり、「アルブレヒト・デューラーのもっとも優れた弟子」と考えられています。
8《死と乙女》 エゴン・シーレ/1915年
作者紹介: オーストリアの表現主義画家。若くして夭逝しながらも、官能と死のテーマで強烈な印象を残す。
所蔵: レオポルド美術館(ウィーン)
技法: キャンバスに油彩
「死神と少女」のモチーフを20世紀の視点で描いた作品です。抱きしめ合う男女が、愛し合っているのか、別れを惜しんでいるのか、見る人によって解釈が分かれます。死を身近に感じながら生きたシーレならではの世界観がにじみ出ています。
9《死の島》 アルノルト・ベックリン/1883年
作者紹介: スイス出身の象徴主義画家。幻想的かつ神秘的な風景画で多くの後世の芸術家に影響を与えた。
所蔵: ベルリン国立美術館
技法: キャンバスに油彩
岩に囲まれた小島へ、棺を乗せた小舟が近づいていく、静謐で幻想的な作品。海の向こうには、生者から隔てられた“死者の世界”が広がっているようです。「死の詩的な象徴」として、文学や音楽、映画にも大きな影響を与えました。
10《生者の心における死の物理的な不可能性 The Physical Impossibility of Death in the Mind of Someone Living》ダミアン・ハースト/1991年
作者紹介: イギリス現代美術家。「ヤング・ブリティッシュ・アーティスト(YBA)」の中心人物。主に、「死と消費」をテーマにした創作活動を展開する。
所蔵: 個人所蔵(かつてチャールズ・サーチのコレクション)
技法: ホルマリン漬けのサメ+ガラスケース(インスタレーション)
現代美術における“死”の代表的作品。ホルマリン漬けのサメをそのまま水槽に展示するという衝撃的なインスタレーションです。「生きている者にとって、死とはどこまでリアルに想像できるのか」という哲学的な問いを、現代的な手法で投げかけています。
おわりに:死を描くことで、生を見つめる
いかがだったでしょうか?
“死を描いた絵画”は、恐怖を与えるだけのものではありません。
むしろ、どの作品にも共通しているのは、「死を見つめることで、生きる意味を問う」という姿勢です。
それぞれの作品が描かれた背景や時代を知ることで、「死」という普遍的なテーマが、いかに多様に、そして人間的に描かれてきたのかが見えてきます。
そこには、芸術家たちが人生と向き合った痕跡が、確かに刻まれているのです。