
2025.04.25
【日本人が知らない芸術家vol.4】アルトゥーロ・マルティーニ
Contents
アルトゥーロ・マルティーニとは
日本人が知らない芸術家、第4回目は、“イタリア近代彫刻の巨匠”アルトゥーロ・マルティーニ(Arturo Martini, 1889–1947) です。彼の作品は、神話や詩、日常の情景を彫刻という立体表現で豊かに描き出し、20世紀イタリア美術において独自の存在感を放ちました。しかしながら日本では彼の名が一般に浸透しているとは言いがたく、欧州との間で知名度に大きなギャップがあります。
生い立ちと背景
アルトゥーロ・マルティーニは1889年、イタリア北部のトレヴィーゾで労働者階級の家庭に育ち。14歳の頃、地元の陶芸工房で修行を始め、粘土や石膏を使った手仕事から造形の基礎を習得します。
やがて、才能を認められた彼は、ヴェネツィアのアカデミア・ディ・ベッレ・アルティで正式な美術教育を受けます。師事したのはイタリア新古典主義の彫刻家アントニオ・ダル・ザット(Antonio Dal Zotto)で、写実と構築美の重要性を学びました。
1910年代に入ると、マルティーニはミラノやパリ、ドイツを旅し、アール・ヌーヴォーやロダン、さらには表現主義の影響を吸収しつつも、ルネサンスやエトルリア美術といった古典への傾倒を深めていきます。特にドナテッロやデッラ・ロッビアらに対する敬意は終生続きました。
1920年代には国際展への参加が増え、彼の名は次第に知られるようになります。特に1925年のローマ展での発表作は高く評価され、具象と詩的象徴の融合という彼独自の表現スタイルを確立するきっかけとなりました。1930年代は彼のキャリアの最盛期であり、数々の記念碑や公共彫刻の受注、ヴェネツィア・ビエンナーレでの受賞などが相次ぎました。
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晩年は、戦争の影響や抽象芸術の台頭により苦悩の時期でもありましたが、それでも彼は具象彫刻への信念を曲げることなく創作を続けました。彼の言葉「彫刻とは、形を通じて魂を語る詩である」はその信念を象徴しています。1947年にパドヴァで逝去するまで、彫刻の精神性と人間性の探求を続けた人生でした。
表現の特徴と功績
特筆すべきは、伝統的な具象彫刻と現代的感覚を融合させた点でしょう。彼は中世やルネサンスの図像学にインスピレーションを得つつも、20世紀という時代の不安や人間存在の根源的問いに真摯に向き合いました。抽象表現が台頭する中にあっても、彼の彫刻は「形あるものの中に精神を宿す」ことを体現しています。
またマルティーニは後進の育成にも熱心で、1930年代にはヴェネツィア美術アカデミーの教師として多くの若手彫刻家たちに理論と技術の両面から指導を行い、イタリア彫刻界の礎を築きました。彼の教えを受け、後に頭角を現した芸術家としては、マリオ・マッツェオ(Mario Mazzeo)やルイージ・ブロニス(Luigi Broggini)などが挙げられます。彼らはマルティーニの具象と詩情を融合させたスタイルを受け継ぎつつ、戦後美術の中でそれぞれの個性を発展させていきました。

日本であまり知られていない理由
1. 戦後美術教育と受容の傾向
戦後の日本の美術教育やキュレーションは、主にフランス印象派やアメリカの抽象表現主義、モダニズムからの影響を強く受けすぎた反動として、近代イタリアのアートシーンへの注目を疎かにしていました。その結果、ミロ、ピカソ、ジャコメッティなどが比較的よく紹介される一方、マルティーニのような具象と象徴を重視した彫刻家は、日本の美術史に組み込まれにくかったのです。
2. 展覧会や翻訳資料の少なさ
実はマルティニの作品を体系的に紹介する展覧会が日本では一度も開催されていません。また関連文献の日本語訳も非常に限られています。視覚芸術の作家は、展覧会や書籍による認知が大きいため、マルティーニの名が日本で浸透していないのもやむを得ないと言えるでしょう。
3. 語学的・文化的障壁
マルティーニの芸術は、イタリア文学や神話、宗教的図像学に根ざしており、その理解にはイタリア文化への深い知識が必要とされる場合があります。こうした背景も、日本の一般鑑賞者との距離を生む一因となっているかもしれません。
4. 彫刻ジャンル全体の周縁化
絵画に比べ、彫刻は展示や保存、輸送の難しさから美術館の企画展でも紹介される機会が少なく、ジャンルとして相対的に「見られにくい」傾向があります。特に公共空間に設置された作品が多いマルティーニにとっては、この問題が大きな壁となっているとも言えるでしょう。

最後に
アルトゥーロ・マルティーニは、戦争と平和、人間の尊厳、神話的想像力といった普遍的なテーマを追求した彫刻家です。ミニマリズムや抽象に傾きがちな現代において、彼の作品がもつ物語性と人間味は、新しい発見を与えてくれるはずです。
2020年代に入り、欧州では再評価が進んでおり、日本でも展覧会が開催される可能性があります。この機会にぜひ、マルティーニという名前を覚えていただきたいと思います。
